1. 「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)」の免責範囲
2020年の民法改正で「瑕疵担保責任」は**「契約不適合責任」**へと変わりました。これは投資家にとって最も重要なリスクヘッジポイントです。
- 売主が業者の場合: 宅建業法により、引渡しから最低2年間は免責にできません。
- 売主が個人の場合: 任意規定なので、**「免責(責任を負わない)」**とする特約が有効になります。
【大家としての実務ポイント】 築古物件への投資では、売主(個人)から「現状有姿・免責」を条件とされることが多いです。 しかし、**「何が免責なのか」**を明確にしましょう。
- シロアリ、雨漏り、給排水管の故障など、主要な構造部分だけでも3ヶ月程度の保証期間を設けられないか交渉する。
- 「免責」を受け入れる代わりに、指値(価格交渉)の材料にする。
ここを曖昧にすると、購入直後にボイラーが壊れた際、修理費数十万円が自己負担となり、初年度のCF(キャッシュフロー)が吹き飛びます。
2. ローン特約(融資特約)の「解除条件」
融資が下りなかった場合に、無条件で契約を白紙に戻し、手付金を返還してもらう条項です。ここには大きな落とし穴があります。
- 解除権留保型 vs 自動解除型:
- 解除権留保型: 期限までに「解除します」と通知しないと、契約が有効のまま残ります。うっかり期限を過ぎると、融資が否決されたのに購入義務が残り、キャンセルには違約金が発生します。
- 自動解除型: 期限までに承認が得られなければ、自動的に白紙になります。
【弁護士としての助言】 買主にとっては**「自動解除型」の方が安全です。しかし、実務では「解除権留保型」が多く使われます。 必ず「融資承認取得期日」と「解除期限」**をカレンダーに登録し、銀行の回答が遅れそうなら、期限前に必ず「覚書」で期間延長を申し入れてください。これを怠る投資家が非常に多いです。
3. 境界の明示と「公簿売買」
境界確定測量は費用と時間がかかるため、投資物件(特に利回り重視の戸建やアパート)では、測量を省略する**「公簿売買(登記簿の面積で取引し、実測との差額精算をしない)」**が行われることが一般的です。
【リスクの所在】
- 隣地との境界杭がない場合、購入後に隣人とトラブルになる可能性があります(越境物の存在など)。
- 将来、その物件を更地にして売却したり、建て替えたりする際に、結局測量が必要になります。
【実務的な落とし所】 「測量なし」で買うなら、契約書に**「売主は境界の明示義務を負わない」**と書かれているか確認し、そのリスク分を価格に織り込むべきです。逆に、少しでも高値掴みになりそうなら、「引渡しまでに境界標の復元」を条件交渉に入れます。
4. 賃借人に関する「承継」条項
オーナーチェンジ物件(入居者がいる状態での売買)の場合、契約書または重説(重要事項説明書)に記載されている賃貸借の内容が極めて重要です。
- 敷金の返還義務: 旧オーナーが預かっていた敷金返還義務は、新オーナー(あなた)に引き継がれます。
- チェック点: 売買代金決済時に、**敷金相当額(関東なら敷金、関西なら保証金の一部)が売買代金から差し引かれているか(または交付されるか)**を確認してください。「敷金持ち回り(関西方式)」などのローカルルールにも注意が必要です。
- 滞納の有無: 実は家賃滞納者がいるのに、契約書で触れられていないことがあります。「現在、賃料の滞納はない」という表明保証条項を入れてもらうのがベストです。
5. 違約金と手付解除の期限
万が一、契約後に「やっぱりこの物件は買いたくない(あるいは売主が売りたくない)」となった場合のルールです。
- 手付解除: 「手付解除期日」までは、買主は手付金の放棄、売主は手付金の倍返しで契約をやめられます。
- 違約解除: 期日を過ぎた後、あるいは「履行の着手」後は、違約金(通常は売買代金の10%〜20%)が発生します。
【弁護士の視点】 「履行の着手」の解釈は裁判でも争点になりやすい難しい概念です。トラブルを防ぐため、契約書で具体的な「手付解除期日(○月○日まで)」を明記すること強く推奨します。
まとめ:契約書は「防御」の要
不動産投資は「買うまで」が一番高揚感がありますが、法的な落とし穴に落ちると、その後の賃貸経営はずっと「後始末」に追われることになります。
仲介業者が用意したドラフト(草案)をそのまま受け入れる必要はありません。 「この条項は、私にとって不利ではないか?」 そう疑問を持ち、交渉できる投資家だけが、長く生き残ることができます。
もし、数千万円以上の大型取引で不安がある場合は、判子を押す前に不動産に詳しい弁護士によるリーガルチェックを受けることをお勧めします。その数万円のコストが、数千万円の損失を防ぐ保険になります。

