不動産の権利調整とは、借地権、共有持分、立ち退き、境界未確定、抵当権抹消といった「法的瑕疵(欠陥)」を解消し、物件を市場で最も流通しやすい状態(=完全所有権・更地など)に加工する作業のことです。
この作業における最大の失敗は、「とりあえず問題を解決しよう」と闇雲に動くことです。
プロは違います。「最終的な買い手(Exit先)」を特定し、その買い手が求める要件を満たすためだけに法的手続きを使います。
1. Exit先によって「解決すべき法的課題」は変わる
まず理解すべきは、出口がどこかによって、必要な「権利調整の深さ」が異なるということです。
A. マンションデベロッパーへの売却(「更地」がゴール)
- ゴール: 建物解体・更地渡し。
- 必要な調整: 全入居者の退去(立ち退き)、解体、境界確定。
- ポイント: デベロッパーは「時間」を買います。裁判で数年争うよりも、相場より高い立退料を払ってでも「半年以内に全空」にする交渉力が、そのまま売却価格に転嫁できます。
B. 実需(マイホーム)層への売却(「ローン付け」がゴール)
- ゴール: 既存不適格の是正、越境の解消。
- 必要な調整: 銀行ローンが通る状態にすること。
- ポイント: 例えば、隣地との境界確認書がないだけで、個人の住宅ローンは否決されます。ここでは立ち退きよりも、「境界確定訴訟」や「筆界特定制度」を用いた境界の明示が最優先タスクとなります。
C. 収益物件としての再販(「利回り」がゴール)
- ゴール: 滞納解消、適法化。
- 必要な調整: 滞納者の追い出し、検査済証のない物件の是正措置(または遵法性調査報告書の取得)。
- ポイント: 100%の空室にする必要はありません。むしろ、不良入居者だけを法的に排除し、レントロールを綺麗にすることが価値になります。
2. 「底地・借地」における逆算思考
権利調整の王様とも言える「底地(貸宅地)」と「借地権」の調整こそ、出口からの逆算が必須です。
パターン①:底地を買い、借地人に売る
- 逆算: 借地人さんが「土地を完全に自分のものにしたい(所有権化したい)」という意欲と資力があるか?
- 弁護士の目: 借地契約書を精査し、更新料の支払状況や建物の老朽度を見ます。もし借地人が高齢で相続が発生しそうなら、相続人は「借地権を売りたい」と考える可能性が高いため、底地を買っても売却先(借地人)がいなくなるリスクがあります。
パターン②:底地と借地を両方買い、更地にして第三者に売る(同時決済)
- 逆算: その土地が更地になった時、相場の「所有権価格」で売れる一等地か?
- 実務: 底地人(地主)と借地人の間に入り、三者間契約(あるいは同時決済)スキームを組みます。利益の方程式:$$(更地価格) – (底地買取価格 + 借地権買取価格 + 弁護士/仲介コスト) = \text{莫大な利益}$$
この方程式が成り立つ場合のみ、複雑な権利調整に乗り出します。
3. 「時間」というコストを訴訟戦略に組み込む
弁護士として訴訟は日常茶飯事ですが、投資家としては**「訴訟は最後の手段であり、敗北に近い」**と考えます。なぜなら、訴訟は時間がかかり、資金の回転率(IRR)を悪化させるからです。
投資家弁護士の判断基準
- 勝てる裁判でも和解する:判決まで1年半かかるなら、勝訴判決を得るよりも、相手の言い値をある程度呑んで3ヶ月で和解し、早期にExitして資金回収した方が、投資効率が良い場合があります。
- 「明け渡し」の期限を売買契約に連動させる:Exit先の買主との間で「〇月〇日までに完全空室になれば、この金額で決済する」という停止条件付売買契約を結び、その期限から逆算して、入居者への交渉圧力(法的措置の予告など)をコントロールします。
結論:不動産は「素材」、法律は「加工ツール」
権利調整が必要な不動産は、料理で言えば「泥付きの野菜」や「殻付きの牡蠣」です。
そのままでは誰も欲しがりませんが、泥を落とし、殻を剥けば(=法的瑕疵を除去すれば)、中身は一級品です。
「誰が、どんな状態で食べたがっているか(Exit)」
これを解像度高くイメージできた時だけ、私たちは難解な法的トラブルに飛び込み、そこから利益を掘り出すことができるのです。

