【判例解説】裁判所が痛恨のミス!存在しない「科料40万円」判決を最高裁が破棄した事件を科学する

皆さんは「裁判所が法律にない刑罰を言い渡してしまう」なんてことが起きると思いますか? 実は、そんな信じられないミスが実際に起こり、最高裁判所がわざわざ訂正に入るという異例の事態が発生しました。

事件名略式命令に対する非常上告事件
裁判所最高裁判所第二小法廷
裁判年月日令和8年7月10日
結果破棄
意見の状況裁判官全員一致の意見
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事件の概要:所沢簡易裁判所の「あり得ない略式命令」

事件の発端は、令和7年8月22日に所沢簡易裁判所が出した「性的姿態等撮影未遂罪」の略式命令です。裁判所は、被告人に対して以下のような命令を出しました。

  • 「被告人を科料40万円に処する」

法律を少しでも知っている人なら、この一文を見た瞬間に「えっ!?」と声が出るはずです。なぜなら、この命令には2つの決定的な法律違反(あり得ないミス)が含まれていたからです

【図解】何が間違っていたのか? 罰金と科料の基礎知識

そもそも、刑法における「罰金」と「科料」は、金額によって明確に分けられています。

刑の種類金額のルール(刑法)本件での問題点
罰金1万円以上性的姿態等撮影未遂罪の法定刑は「3年以下の懲役又は300万円以下の罰金」であり、本来はこちらを適用すべきでした
科料1,000円以上、1万円未満法律上、科料はMAXでも9,999円です。それなのに裁判所は**「科料40万円」**という、法律の限界を40倍も突破した存在しない刑を言い渡してしまいました。また、そもそもこの犯罪に科料という法定刑はありません

つまり、裁判官は「罰金40万円」と書くべきところを、うっかり「科料40万円」と記載したまま略式命令を確定させてしまったのです

【図解】前科がつくのはどれ?「罰金」「科料」「過料」の決定的な違い

ニュースでよく聞くお金を払うペナルティですが、実は「刑罰(犯罪)」なのか、それとも「単なる行政のルール違反」なのかで、人生に与える影響が天と地ほど変わります。

比較項目罰金(ばっきん)科料(かりょう)過料(かりょう)
法的性質刑罰(犯罪に対する制裁)刑罰(犯罪に対する制裁)行政上の制裁(秩序罰など)
前科の有無つく(前科あり)つく(前科あり)つかない(前科なし)
金額のルール1万円以上1,000円以上、1万円未満法律や条例によって異なる
対象となる行為比較的重い犯罪
(窃盗、傷害、重大な交通違反など)
軽微な犯罪
(暴行、軽犯罪法違反など)
手続きの違反やマナー違反
(路上喫煙、住民票の提出遅れなど)
払えない場合の末路労役場留置
(刑務所等の施設で強制労働)
労役場留置
(刑務所等の施設で強制労働)
財産の差押え
(民事上の強制執行。労働はない)

結論:被告人は1円も支払わずに済んだ!

最高裁の判断:非常上告による破棄! しかし結末は…?

このあり得ないミスに対し、検事総長が「非常上告(確定した判決の法令違反を正す特別な手続き)」を行いました

令和8年7月10日、最高裁判所は以下のように判断しました

  1. 原判決の破棄: 性的姿態撮影等処罰法には「科料」の定めはなく、科料刑で処断したのは明らかな法令違反であるとして、原略式命令のその部分を破棄しました。
  2. やり直し(自判)はしない!?: 通常、原判決が破棄されれば正しい刑(罰金40万円)を言い直すのが筋ですが、最高裁はそれをしませんでした。

なぜ最高裁は正しい刑を言い渡さなかったのか? 実は、刑事訴訟法458条1号ただし書では、破棄して新しい判決を言い渡すのは「原判決が被告人のため不利益であるとき」に限られています。 最高裁は、「本来言い渡すべきだった『罰金』よりも、間違って言い渡された『科料』の方が、刑の種類としては軽い」と判断しました。つまり、「被告人にとって不利になっていない(むしろ法律上は軽い刑になっている)から、わざわざ重い罰金刑を言い直すことはしない」として、違法な部分を破棄するだけで終わらせたのです。(※裁判官全員一致の意見

結果として刑罰部分だけが消滅し、被告人は奇跡的に一切の支払い義務を免れるという前代未聞の結末を迎えたのです。

【図解】絶対的権威がやらかした!裁判所のミス集

裁判所といえども、中身は人間です。時として、法律のプロとは思えないような凡ミスでトンデモ判決を出してしまうことがあります。

ミスの種類・事例ミスの原因と概要最終的な結果(最高裁等の対応)
① 存在しない刑の言い渡し
(科料40万円事件など)
法律上存在しない額の「科料」を言い渡すなど、単純な記載ミスやコピペミスによるもの非常上告により破棄。本来の刑(罰金)の方が重い場合、被告人の不利益にならないよう新たな刑は言い渡されず、無罪放免に近い状態になることもある
② 法律の新旧取り違え
(適用罰条のミス)
犯罪が行われた後に法律が改正されたにもかかわらず、うっかり「重い旧法」や「既に廃止された法律」を適用して有罪判決を出してしまうミス。法令違反として上訴審で破棄され、正しい法律でやり直し(自判または差し戻し)となる。確定後に発覚した場合は非常上告の対象になる。
③ 算数(足し算・引き算)のミス
(未決勾留日数の算入誤り)
判決が出るまで拘置所にいた日数を刑期から差し引く際、裁判官が計算を間違え、実際に勾留されていた日数よりも「多く」算入してしまうミス。判決の内容に明らかな計算間違いがある場合、裁判所自ら「判決訂正の決定」を出して修正するが、確定してしまった場合は非常上告で修正される。
④ 一事不再理の違反
(二重処罰のミス)
過去にすでに有罪が確定している事件と全く同じ事件(または牽連犯など一部重なる事件)について、検察の二重起訴を見抜けず、再び有罪判決を出してしまうミス。憲法が禁じる「二重の危険」に該当する重大なミス。上級審で破棄され、「免訴(裁判の打ち切り)」の判決が言い渡される。
⑤ 被告人の取り違え
(別人に有罪判決)
交通違反などの大量処理を行う簡易裁判所で発生しがち。同日に出廷した同姓同名の別人や、全く関係ない別の被告人の判決書を誤って読み上げてしまうミス。言い渡し自体が錯誤によるもので無効とされるか、上訴審で手続きの重大な違法として破棄され、本来の被告人に対して一から裁判をやり直す。

【実務コラム】どれだけ優秀でも防げない「人間の限界」

裁判所は、所長をトップとして裁判官や書記官、事務官などが集うエリート組織です。彼らの共通点は、何と言っても圧倒的な事務処理能力の高さにあります。何百ページにも及ぶ難解な裁判資料を精読し、一文字でも誤字脱字があれば即座に訂正を促します。なぜなら、法廷では「たった一文字のミス」が法的効力を根底から覆してしまうからです。

しかし、どれほど優秀な頭脳が集結し、厳格なチェック体制を敷いていたとしても、今回のような凡ミスを100%防ぐことはできません。膨大な事件を処理する過酷な実務の中で生じるヒューマンエラー。これこそがまさに「人間の限界」であり、生身の人間が裁く裁判手続きのリアルなのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「法×裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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