結婚式という人生の晴れ舞台。しかし、想定外の事態で中止を余儀なくされた場合、誰がその損害を被るのでしょうか。
本件は、新型コロナウイルスの第1波が日本を襲った令和2年春に起きた、ホテル(原告)と新郎新婦(被告)の間のキャンセル料を巡る争いです。
事件名:取消料支払請求事件
令和4年2月25日名古屋地方裁判所
結果:請求棄却(原告:結婚式運営会社の請求は認められませんでした。)
1. 事件の概要:幸せの舞台から二度の災難。150万円の請求
新郎新婦は、令和元年9月に名古屋のホテルで「令和2年6月14日に約130名での披露宴」を行う契約を結んでいました。しかし、事態は急転直下。令和2年4月7日に第1回目の緊急事態宣言が発令されます。これを受け、新郎新婦は翌日の4月8日に泣く泣く「披露宴の解約」を申し出ました。
ところが、後日ホテル側から突きつけられたのは、規約に基づく約150万円のキャンセル料(取消料)の請求でした。
【図解】事件のタイムライン:結婚式契約から150万円請求までの経緯
本件は、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時期における、新郎新婦(被告)とホテル(原告)のやり取りが時系列の重要なカギとなります。
| 年月日 | 出来事(事実関係) |
| 令和元年9月16日 | 被告ら(新郎新婦)が原告(ホテル)と結婚披露宴の利用契約を締結し、申込金20万円を支払う。 ※披露宴予定日は令和2年6月14日、出席予定者数は130名とされた。 |
| 令和2年3月23日 | 招待状準備等の打合せが行われる。新型コロナ感染拡大を受け、被告Aがホテル側に「参加人数が減る可能性」を伝える。 |
| 令和2年4月初め頃 | 被告Aがホテルの担当者に「解約した場合どうなるか」を尋ねたところ、「初期の見積金額の30%の取消料が発生する」と回答される。 |
| 令和2年4月7日 | 政府が、東京や大阪など7都府県を対象に「緊急事態宣言」を発令(実施期間は5月6日まで)。 |
| 令和2年4月8日 | 被告らがホテルに対し、本件契約の解約を申し出る。 |
| 令和2年4月16日以降 | 緊急事態宣言の対象が全国に拡大され、その後順次延長・対象地域の変更・解除が行われる。 |
| 令和2年6月9日 | 被告らが、ホテルに招待状の実費相当額(7万3920円)を支払う。 |
| 令和2年6月14日 | (当初予定されていた結婚披露宴の開催日) |
| 令和2年6月25日 | ホテル側が被告らに対し、規約に基づく取消料の残金として150万2992円を請求する。 |
2. 契約書の壁:なぜ150万円も請求されたのか?
法律の基本は「契約絶対の原則」です。本件の結婚披露宴規約(本件取消料条項)には、以下のようなルールが明確に定められていました。
- 「披露宴日の90日以内の取消しの場合、申込金の全額と見積金額の30%及び実費を支払う」。
新郎新婦がキャンセルを申し出たのは、結婚式予定日の約2ヶ月前(90日以内)でした。
ホテル側は、「緊急事態宣言の期間は5月6日までだったから、6月14日の結婚式は開催できたはずだ」「規約通りに約150万円を支払え」と主張し、法廷闘争へと発展したのです。
【原告と被告の対立】
本件では、結婚式の中止が「自己都合」なのか「やむを得ない事由(不可抗力)」なのかを中心に、原告(ホテル側)と被告(新郎新婦側)の主張が激しくぶつかり合いました。
| 争点(テーマ) | 原告(ホテル側)の主張【規約通り150万円払え!】 | 被告(新郎新婦側)の主張【コロナによる不可抗力だから払わない!】 |
| ① 解約の理由 (結婚式は開催できたか?) | 解約を申し出た4月8日時点で愛知県に緊急事態宣言は出ておらず、6月14日の結婚式は十分に開催可能であった。直ちに解約しなければならない「やむを得ない事由」はない。 | コロナの蔓延で「3密」を避けるよう要請されており、大人数での披露宴開催は事実上不可能であった。クラスターを発生させるわけにはいかず、やむを得ない解約である。 |
| ② キャンセル料規約の 適用について | 被告らに披露宴の延期や規模縮小の提案もしており、規約に基づいてキャンセル料を請求することは権利の濫用には当たらない。 | 規約は平時における「利用者の都合」による取消しを想定したものであり、天災地変等の不可抗力には適用されない。請求は権利の濫用である。 |
| ③ 消費者契約法に基づく 規約の有効性 | キャンセル料(約150万円)は、本来得られるはずだったホテルの利益(平均的損害)を超えておらず、消費者契約法上も有効である。 | 当時ホテルは少人数以外の披露宴を一切開催できておらず、仮に解約がなくても利益を得られた可能性は皆無(平均的損害はゼロ)であるため、規約は無効である。 |
| ④ キャンセル料の 計算基準(見積金額) | 解約申出時に、被告らの要望を反映した見積書(約150万円の取消料の基礎となるもの)が存在しており、金額は定まっていた。 | 当時は詳細な打合せ前の大まかな見積書しか提示されておらず、キャンセル料の算定基礎となる「正式な見積金額」は存在していなかった。 |
【※】高額すぎるキャンセル料は無効!? 消費者契約法9条の壁
一般的なキャンセル規定(規約)に「キャンセル時は全額負担」と書かれていても、消費者が直ちに泣き寝入りする必要はありません。
【消費者契約法9条1号】は、事業者(ホテルや式場など)が消費者に請求できるキャンセル料の限度額を、「事業者に生じる平均的な損害の額」までと厳格に定めています。
つまり、契約書にどんなに高額な違約金が設定されていても、事業者が実際に被るはずだった平均的な損害を超える部分は法的に無効となります。「サインしたのだから絶対に払え」という事業者の強気な主張を法廷で打ち破る、消費者にとって最強の盾となる法律です。
「平均的な損害」とは? 算定方法を分解!
消費者契約法における「平均的な損害」は、事業者の言い値ではなく、客観的な算定式に基づいて計算されます。基本となる考え方は「本来得られるはずだった売上から、解約によって浮いた経費を差し引く」というものです。つまり粗利を意味します。
| 算定の要素 | 意味と計算上の扱い | 結婚式場やホテルの具体例 |
| ① 契約代金(総額) | 本来、消費者が支払うはずだった契約上の総額。 ※ここが計算のスタート地点になります。 | 予定されていた披露宴の見積り総額、宿泊予約の総額など。 |
| ② 免れた経費 (変動費) | 解約されたことで、事業者が支払わずに済んだ経費。 ※損害から**【マイナス(控除)】**します。 | 発注前の料理の食材費、飲料代、外注予定だった司会者やカメラマンへの委託料など。 |
| ③ 代替的利益 | キャンセルされた枠に別の客を入れることでカバーできた利益。補填できた損失分を差し引く。 ※損害から**【マイナス(控除)】**します。 | 空いた日程に別のカップルの予約が入った場合の利益、別の宿泊客からの売上など。 |
| ④ すでに支出した実費 | キャンセル時点ですでに発生しており、事業者が回収できなくなった費用。 ※損害に**【プラス】**されます。 | オーダーメイドで作ったドレス代、印刷済みの招待状代など。 |
■ 基本となる計算式
【 平均的な損害 = ①契約代金 - ( ②免れた経費 + ③代替的利益 ) 】
※解約の時期が早ければ早いほど、②免れた経費や③代替的利益が大きくなるため、結果として事業者の「平均的な損害」は小さくなります。
【図解】「平均的な損害」はいくら? 業界別の有名裁判例まとめ
消費者契約法9条1号に基づき、「どこまでが正当なキャンセル料で、どこからが無効になるのか」は、業界や解約時期によって裁判所の判断が分かれています。
| 契約ジャンル | 裁判例(判決時期) | 裁判所の判断(平均的な損害の認定) |
| 大学の入学辞退 (学費等の返還) | 最高裁 平成18年11月27日 | 【原則全額返還】 4月1日の入学日より前に辞退した場合、大学側は別の補欠合格者を補充できるため、授業料等に関する「平均的な損害」はゼロであると認定。入学金以外の返還を命じた画期的な最高裁判決。 |
| 結婚式場の キャンセル料 | 京都地裁 平成18年9月14日など | 【時期に応じたスライド方式は有効】 挙式日までの日数が近づくにつれて、式場側が他の客を獲得できる可能性(代替客の獲得可能性)が下がるため、一定の割合でキャンセル料が段階的に上がる規定は「平均的な損害」の範囲内として有効とされやすい。 |
| 賃貸アパートの 途中解約違約金 | 各種下級審判決 | 【家賃1〜2ヶ月分が目安】 契約期間内の途中解約において、次の入居者を見つけるまでの空室期間を考慮し、賃料の1〜2ヶ月分程度を違約金とするのは「平均的な損害」として有効。それ以上の法外な設定は無効とされる傾向が強い。 |
| (※参考)本件の コロナ禍の結婚式 | 名古屋地裁 令和4年2月25日 | 【金額の判断には踏み込まず】 ホテル側は「キャンセル料150万円は粗利益の計算上、平均的な損害を超えない」と主張したが、裁判所はそもそも「コロナというやむを得ない事由には規約自体が適用されない」とし、平均的損害の計算に踏み込むまでもなくホテルの請求を棄却した。 |
3. 裁判所の判断:常識が「契約書」を打ち破った瞬間!
「サインした以上、払わなければならないのか…?」 この絶望的な状況において、名古屋地方裁判所は社会の常識と客観的状況を緻密に分析し、「新郎新婦に150万円の支払義務はない(請求棄却)」という判決を下しました。
裁判所が示した「契約書を覆すロジック」は以下の通りです。
- ① 規約の「想定外」を突く法解釈: 裁判所は、ホテルのキャンセル料規約は「平時に利用者の都合で解約する場合」を想定したものであり、利用者に帰責事由(責任)がない「やむを得ない事由」による解約には適用されない、と解釈しました。
- ② 令和2年4月当時の「客観的状況」の認定: キャンセルを申し出た4月8日当時、新型コロナは「未知のウイルス」と恐れられ、全国的に「3密」を避ける行動が強く要請されていました。披露宴はまさに「3密」になりやすく、全国から参加者が集まるため、感染拡大を招く恐れがありました。
- ③ 結論:新郎新婦に責任はない! 裁判所は、「当時、数ヶ月内の披露宴開催は現実的に不可能という認識が一般的であり、新郎新婦が開催を取りやめたのは『やむを得ない事由』である」と認定しました。不可抗力による中止の不利益を個人のみに負わせるのは不当であるとし、キャンセル料規約の適用を否定したのです。
4. 【実務コラム】全額無効を防ぐ「キャンセル規約」の見直し
結婚式場が違約金請求の無効(適用否定)を防ぐには、規約に「不可抗力時の特則(免責・減額規定)」を設けることが不可欠です。
つまり、不可抗力の場合には、実費のみを支払うと定めてことで、平均的損害の範囲内と判断されます。実費について後出しではなく、具体的な算定が可能であれば算定式も明示しておくのが良いでしょう。
本判決で式場が敗訴した最大の原因は、感染症の蔓延という「客側の責めにできない事由」による解約を、平時の「自己都合キャンセル」と全く同じ高額な違約金で処理しようとした点にあります。
企業側は規約を見直し、天災やパンデミック等の不可抗力で予定通りの開催が困難な場合には、①日程の延期を無料(または低額)で認める、②完全解約の場合は違約金(本来の利益分)を免除し、「既に発生した実費のみ」を請求する、といった公平なルールを明文化すべきです。
これにより、権利の濫用や消費者契約法違反と判断されるリスクを大幅に軽減できます。


