今回は、ウェブサイト「note」に投稿されたある告発記事を巡って争われた、最新の「名誉毀損による記事削除請求事件」を科学します。
ネット上で「あのテレビに出てる有識者、実は金で出演枠を買ったらしいよ」「風俗で出禁になったらしい」なんて噂話を見たことはありませんか? 今回は、まさにそのようなネットの噂や憶測が法的にどう裁かれるのかが分かる、興味深い民事裁判(令和8年1月29日東京地裁・判決)をご紹介します。
| 事件名 | noteにおける不正な番組出演や風俗店でのトラブル等を指摘する投稿記事に対する名誉毀損に基づく削除請求事件 |
|---|---|
| 裁判所 | 東京地方裁判所 |
| 裁判年月日 | 令和8年1月29日 |
| 結果 | 認容(記事の削除命令) |
事件の概要:ネットの噂はどこからがアウト?
まずは、今回の裁判の事実関係を表で整理しましょう。
【事実関係】事件のタイムライン
| 時期・項目 | 基本的な経緯と「問題となった記事の内容」 |
| 登場人物 | ・原告(Aさん): ネット番組に出演歴がある一般男性。 ・被告(note株式会社): プラットフォーム「note」の運営会社。 ・投稿者(B): 暴露記事を執筆した匿名アカウント。 |
| 問題となった 記事の内容 | 投稿者「B」と助手の対話形式で、原告について主に以下の3点が書かれていた。 ① テレビ出演の金銭・コネ疑惑: 原告が300〜500万円を払い、コネで「ABEMA Prime」の有識者枠を買ったと匂わせる内容。 ② 恐喝被害の憶測: 原告が店員に100万円以上奢ったというSNS投稿に対し、「店員に何かよほどの弱みを握られて脅迫されていたのでは」と邪推する内容。 ③ 風俗店での暴行・ストーカー疑惑: 原告を「D」という仮名で呼び、ソープランドで風俗嬢に怪我をさせて出禁になり、さらには嬢の自宅を特定してチャイムを鳴らす嫌がらせをした、等と書き連ねた内容。 |
| 令和5年8月19日 | 投稿者「B」が、note上に上記の暴露記事を投稿した。 |
| 令和7年8月25日(提訴) | 原告が、note株式会社(被告)を相手取って、記事全体の削除を求める訴訟を提起した。 |
| 運営の対応 | 訴訟を起こされた被告(note)は、投稿者「B」に対して記事の削除等に関する意見照会を実施した。 |
| 令和7年9月19日 (修正記事の投稿) | 意見照会を受けた投稿者「B」が、消すどころか元の記事内容を一部修正した記事(本件の対象記事)を再投稿した。 |
原告の主張(名誉毀損による削除請求の要件)
原告は、名誉権侵害による妨害排除請求権に基づき、記事全体の削除を求めました。名誉毀損が成立する法的要件に沿って、原告は主に以下の2点を主張しています。
- 同定可能性: 記事内では「D」などの仮名が使われていますが、前後の文脈から、読者が読めば原告本人のことだと容易に特定できると主張しました。
- 社会的評価の低下: 記事内の「金銭を払ってテレビのコネ出演をした」「店員に弱みを握られ脅迫された」「風俗店で暴行し出禁になった」などの記述は、いずれも原告の社会的評価を著しく低下させるものであると主張しました。
【図解】真っ向対立!原告と被告の主張まとめ
| 当事者 | 主張の結論 | 主張の根拠・理由 |
| 原告 (Aさん) | 記事全体の 削除を求める | 【名誉毀損の成立】 本件記事に含まれる4つの記述(別表No.1〜No.4)は、いずれも原告の社会的評価を低下させるものであり、原告の名誉を著しく毀損している。 |
| 被告 (note側) | 削除には応じない (名誉毀損は不成立) | 【違法性の阻却(セーフであるという反論)】 仮に原告の社会的評価が下がる内容だとしても、以下の理由から違法ではない(名誉毀損にはならない)。 ① 公共性: 原告はテレビ出演する「有識者」であり、SNSでの告発も行っていたため、その言動は「公共の利害に関する事実」である。 ② 公益性: 記事の投稿について「公益目的」は否定されない。 ③ 真実性・相当性: 記事の意見や論評の前提となる事実は重要な部分において「真実」であり、「正当な意見論評の域」を超えるものではない。 |
裁判所のジャッジメント
問題となったnote記事のヤバい中身と裁判所の判断
今回のnote記事は、投稿者「B」と助手「なるこ」の対話形式で書かれていました。裁判所は、一般の読者がその記事を読んだときにどう受け取るか(社会的評価が下がるか)を基準に判断しています。
① テレビ番組の「金で買ったコネ出演」疑惑 = 【アウト(名誉毀損)】
記事の前半では、原告が「ABEMA Prime」に出演した際の様子について、「他の出演者についていけてない」「最後は無言でうなずいていた」と酷評していました。その上で、「300~500万円払えば番組に出演できるビジネスがある」「原告がそれに引っかかったとは言ってないけどね?」といった書き方をしていました。
- 裁判所の判断: これは、「原告が実力ではなく、金銭を払って不公正な手段(コネ枠)で出演した」という事実を暗に示していると判断しました。このような書き方は原告の資質に関する社会的評価を低下させるものであり、真実である証拠もないため名誉毀損に当たると認定されました。
② トラブル相手に「弱みを握られていた?」という推測 = 【セーフ】
記事の中盤では、原告がSNS(X)で「過去に特定の店員から100万円以上奢らされたりした」と投稿していた件について触れています。投稿者は「警察に通報せずに泣き寝入りするのはおかしい」「よほどの弱みを握られて脅迫されていたなら納得できる」と推測を書いていました。
- 裁判所の判断: この部分は、原告のSNSの投稿内容が不自然であることを指摘し、仮説(意見や感想)を述べているにすぎないと判断しました。何か具体的な犯罪行為を暗示しているとまでは言えないため、これだけでは社会的評価は低下せず、名誉毀損には当たらないとされました。
③ 仮名でのソープランドでの暴行・出禁疑惑 = 【アウト(名誉毀損)】
記事の後半では、「D」という別の名前の人物が登場します。記事によれば、「Dは風俗嬢に怪我をさせて接客不可能にした」「風俗嬢の自宅を特定してチャイムを鳴らす嫌がらせをした」とされていました。そして、記事は原告とこの「D」の行動を対比させ、あたかも同一人物であるかのように匂わせていました。
- 裁判所の判断: 記事全体を見れば、読者は「D」と原告が同一人物であると理解すると判断しました(同定可能性の認定)。その上で、風俗嬢に怪我をさせたり、自宅を特定して嫌がらせをしたり、ソープランドを出禁になったといった事実を暗に示すことは、明確に原告の社会的評価を低下させるものであり、真実である証拠もないため名誉毀損に当たると認定されました。
なぜ記事「全体」の削除が認められたのか?
ネットの削除請求裁判では、「一部の表現は名誉毀損だけど、記事全体を消すほどではない」と判断されることもあります。 しかし今回のケースでは、裁判所は以下の理由から「記事全体の削除」を命じました。
- 記事が、一般の私人である原告の誹謗中傷を目的としていることが明らかである。
- 名誉毀損と認定された部分が、記事の「主要な主題(メインテーマ)」に関わっている。
- このままネット上に掲載され続ければ、原告に重大で回復困難な損害を与えるおそれがある。
実務コラム:思想の自由市場への参加資格
運営がすぐに記事を削除しなかった理由(表現の自由)
プラットフォーム運営会社が削除要求にすぐ応じない最大の理由は、投稿者の「表現の自由」を守るためです。
今回の裁判でも、被告(運営側)は「原告はテレビに出演する有識者であり、記事は公共の利害に関わる」「正当な意見論評の範囲内である」と主張し、違法性を否定しました。運営側が独断で記事を消すと、今度は投稿者から「正当な言論を弾圧した」「表現の自由の侵害だ」と責任を問われるリスクがあります。
そのため、裁判所の明確な命令(違法性の認定)がない限り、「当事者間で言い分が対立している状態」では安易に削除できないという、プラットフォーム特有の苦しい事情があるのです。
表現の自由と「思想の自由市場」
表現の自由を語る上で欠かせないのが、「思想の自由市場(Marketplace of Ideas)」というアメリカ発祥の法概念です。
これは、社会の言論空間を「市場(マーケット)」に見立てた考え方です。経済市場で良い商品が売れて不良品が自然と淘汰されるように、「真実や価値のある意見は、国家がわざわざ介入して検閲しなくても、自由な言論の競争(市場)に任せておけば生き残り、嘘や無価値な意見は自然に淘汰される」という理論に基づいています。
つまり、「悪質な意見だから」と国が権力で口塞ぎをするのではなく、「より正しい意見」をぶつけることで嘘を打ち負かすべきだとする、民主主義の根幹を成す非常に力強い考え方です。
情報の価値を算定する「3つの指標」
思想の自由市場において、市民は自ら情報の価値を判断する市場参加者にならなければなりません。その際の指標となるのが以下の3点です。
- 事実ベースであること: 単なる憶測や感情論ではなく、検証可能な事実に基づいているか。
- 多角的な視点: 都合の良い事実情報(エコーチェンバー)に偏っていないか、反対事実や反対意見の存在も考慮されているか。
- 他者の権利への配慮: 「表現の自由」を振りかざし、他人の名誉やプライバシーといった権利を不当に踏みにじっていないか。
自ら考え、情報を見抜くリテラシーを養うことこそが、健全な言論空間を守る鍵となります。


