【1300憶の不正会計告発】元社員が賠償金66万円を負わされた裁判所のロジックを弁護士が解説

ホワイトカラー犯罪×裁判

企業の不正をマスコミに暴露する「内部告発」。

社会の闇を暴く正義の行動に思えますが、一歩間違えれば、会社から「営業秘密を盗んだ」として巨額の損害賠償を請求されるハイリスクな行為でもあります。

今回は、大規模な会計不正を隠し持っていた大手企業が、社内資料を週刊誌に持ち込んだ元従業員とこれを記事にした出版社に対し、約1億1000万円の損害賠償を求めた裁判(控訴審・令和8年6月29日判決)を科学します。

会社を揺るがすリーク行為に対し、裁判所はどのような判決を下したのでしょうか?

事件名損害賠償請求控訴事件
裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日令和8年6月29日
結果一部認容 66万円
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1. 事件のあらすじ:「会社が動揺する様を見たい」元社員のリーク

  • 原告(訴えた側):大規模な事業を展開する大手企業。
  • 被告(訴えられた側):原告の元従業員、大手出版社、およびその記者や編集長ら。

事の発端は、原告企業の元従業員が、社内の稟議書や人事通達などの内部資料(営業秘密)を、大手出版社の記者に提供したことでした。この情報をもとに、出版社はニュースサイトで原告企業を批判する記事を掲載しました

  • 元従業員→被告出版社にリーク
  • 被告出版社→記事掲載

激怒した原告企業は、「元従業員が営業秘密を不正に持ち出した(不正競争防止法違反)」、「出版社はそれを不正に利用して記事を書いた」として、約1億1000万円という巨額の損害賠償を求めて提訴したのです

基本的な事実関係

項目事実関係の概要
事件の概要ニュースサイトに掲載された批判記事に関し、原告(企業)が、情報をリークした元従業員や出版社らに対し、不正競争防止法違反等に基づき約1億1000万円の損害賠償を求めた事案
当事者(原告・被告)【原告】 N株式会社
【被告】 株式会社TKS社、同社の記者ら(被告Y1〜Y3)、および原告の元従業員(被告Y4)
発端となった行為元従業員(被告Y4)が、社内の稟議書や未公表資料など57点の資料を記者(被告Y3)に提供した。その際、「雑誌につかってよいですよ」「一カ月ごとに会社が動揺する様を見ながら、ネタを発表するのがよいと思います」といったメッセージを付していた。
背景事情(巨額の会計不正)原告企業に設置された第三者委員会の調査により、純資産への負の影響額が「約1397億円」に上る多数の会計不正が発覚した。経営トップ(A)からの強すぎる業績プレッシャーが原因とされた

原告の主張:法的要件ごとの整理

原告は、被告らの行為が不正競争防止法(営業秘密の侵害等)および不法行為に該当するとして、以下を主張しました。

  • 営業秘密の侵害行為(取得・開示): 元従業員(被告Y4)が、「Internal Use Only」と秘密管理表示された稟議書等を不正に持ち出し、記者に提供した。
  • 加害目的・悪意の存在: 元従業員は「会社が動揺する様を見たい」等と損害を加える目的で開示し、出版社側も事前の警告を無視して情報を不正に利用・公表した。
  • 損害と因果関係: これら被告らの行為によって無形損害が生じ、事実解明のためのフォレンジック調査費用等を含め1億1000万円の損害が発生した。

正義の告発か、悪意の情報泥棒か?原告と被告の主張対立

争点のポイント原告(企業側)の主張被告(元従業員・マスコミ側)の主張
① 情報提供の目的と正当性
(公益通報と言えるか?)
【会社に損害を与える悪意の目的】
・元従業員(被告Y4)が提供した資料57点のうち、証券監視委への内部通報に関するものは25点にすぎない
・残りは稟議書や人事通達、未公表資料、個人情報などである
・「面白い資料をお送りします」「雑誌につかってよいですよ」等のメッセージを付しており、原告に損害を加える目的は明らかである
【正当な内部告発(公益通報)である】
・元従業員(被告Y4):証券監視委への内部通報に関する資料提供であり、正当な行為である
・関係ない資料が混入していたとしても、すべて不適切な会計処理に関する資料である
・これを理由に賠償義務を負わせれば、内部通報を萎縮させてしまう
② マスコミの取材・報道の違法性【正当な報道の範囲を逸脱している】
・出版社側は、警告を無視し、資料が営業秘密に該当するかや取得経緯などを原告に確認しなかった
・記者(被告Y3)は元従業員と共謀し、原告や経営トップの名誉を毀損することを企図して記事を執筆しており、社会観念上是認されない
【国民の知る権利に資する正当な報道】
・出版社側:投資家や市民の関心が寄せられる公共性の高い事項について取材し、報道価値を独自に検討した
・仮に情報が就業規則に反して持ち出されたものであっても、正当な取材・報道活動の範囲内であり違法性はない
③ 損害賠償と因果関係【損害との因果関係はある】
・元従業員は、出版社が批判記事を公表することを予見・容認していた
・原告は事実解明のためにフォレンジック調査等を実施せざるを得ず、調査費用等の損害が発生している
【因果関係はなく、調査は「見せしめ」】
・元従業員(被告Y4):出版社が記事を掲載することを予見・容認していたわけではなく、因果関係はない
・原告がフォレンジック調査等を実施したのは、内部通報を牽制するための単なる「見せしめ」にすぎない

裁判所のジャッジメント

地裁(第一審)の判断:元従業員に275万円

原審は、情報をリークした「元従業員」と、記事を掲載した「出版社側」で判断を明確に分けました

  • 出版社側(被告会社ら): 仮に情報の不正開示等に該当するとしても、「正当な業務行為として違法性を欠く」と判断し、会社側からの賠償請求をすべて棄却しました。
  • 元従業員(被告Y4): 内部資料の提供行為が不正競争防止法上の「不正競争」に該当すると認定しました。ただし、約1億1000万円の請求に対しては大幅に減額し、無形損害200万円、調査費用50万円、弁護士費用25万円の合計「275万円」の支払いを命じました。

高裁(控訴審)の判断:元従業員の賠償額が「66万円」に激減したカラクリ

高裁は、出版社側に対する賠償請求については、正当な報道であるとして一審同様にすべて棄却しました

一方、情報をリークした元従業員については、「会社に損害を与える目的」があったため正当な公益通報とは認めず、不正競争行為としての賠償責任自体は肯定しました。 しかし、高裁は第三者委員会の調査によって「約1397億円にも上る巨額の会計不正」とトップの圧力が実際に証明された事実を重く見ました。提供資料の多くがこの不正に関するものだったため、元従業員の行為は「違法性の程度は比較的低い」と判断したのです。

結果として、一審で命じられた275万円の賠償額は「66万円」へと大幅に減額される大どんでん返しとなりました

争点①:マスコミへの情報提供は「公益通報」として守られるか?

【図解】「正義の告発」として法的に守られる4つの絶対条件

「公益通報」として不利益な取り扱い(解雇や損害賠償請求など)から法的に保護されるためには、公益通報者保護法に定められた以下の厳格な要件をすべてクリアする必要があります。

要件の分類具体的な要件(クリアすべき条件)根拠法令(公益通報者保護法)
① 誰が?
(通報主体)
現在働いている労働者、派遣労働者、役員、または退職後1年以内の元従業員であること。第2条第1項
② 何を?
(通報対象事実)
企業内で、国民の生命、身体、財産などの保護に関わる「特定の法律違反(犯罪行為など)」が生じている、または生じようとしていること。第2条第3項
③ どんな目的で?
(目的要件)
不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的、その他の「不正な目的」がないこと。第2条第1項
④ どこへ?
(通報先と真実相当性)
【会社内部への通報】
違反が生じていると「思料する(疑う)」レベルでOK。

【行政機関への通報】
違反が生じていると「信ずるに足りる相当の理由(客観的な証拠)」が必要。

【外部(マスコミ等)への通報】
「信ずるに足りる相当の理由」に加え、**内部通報すると証拠隠滅や不利益な扱いを受ける恐れがあるなどの「特定の事情」**が必要。
第3条各号

元従業員の主張

裁判で元従業員は、「証券取引等監視委員会への内部通報に関する資料を提供しただけであり、公益通報として守られるべき正当な行為だ」と反論しました

しかし、裁判所は元従業員の主張を退け、「原告に損害を加える目的があった(=公益通報者としては保護されない)」と厳しく認定しました。その決定的な証拠となったのが、元従業員から記者に宛てられた以下の生々しいメッセージです。

  • 「面白い資料をお送りします」
  • 「雑誌につかってよいですよ」
  • 「一カ月ごとに会社が動揺する様を見ながら、ネタを発表するのがよいと思います。」

裁判所は、提供された全57点の資料のうち、純粋な内部通報に関するものは25点に過ぎず、残りは関係のない未公表資料や個人情報であったことを指摘。元従業員には会社を陥れる目的があったと判断し、損害賠償義務を免れないと結論付けました

争点②:法廷で暴かれた「1300億円超の会計不正」と裁判所のホンネ

元従業員は「ブラックな情報泥棒」として、巨額の賠償金を背負う運命にあるかに見えました。しかし、控訴審で事態は急展開を迎えます。

原告企業に設置された第三者委員会の調査により、原告企業内で約1397億円(純資産への負の影響額)にも上る大規模な「会計不正」が本当に行われていたことが発覚したのです

第三者委員会の報告書では、以下のような企業の暗部が赤裸々に綴られていました。

  • 経営トップ(A)が日常的に強い業績プレッシャーをかけていたことが、会計不正の背景にある。
  • 内部監査部門はプレッシャーの存在に気づいていたが、経営トップに切り込むことを回避していた。
  • 経営トップが直接指示したわけではないが、一部の不正を容認していたとの評価は免れず、最も責めを負うべきは経営トップである。
【用語解説】第三者委員会とは?
  • 第三者委員会は、企業で不祥事(今回の巨額の会計不正など)が発覚した際、企業自身(取締役会など)が自ら設置する調査組織
  • 構成員は利害関係のない外部の弁護士や有識者で構成。彼らは客観的な調査を行い、その結果を依頼主である企業に対して報告(調査報告書として提出)します。
  • 「第三者」とはいえ、費用を出して依頼するのは”身内”である企業自身である点は、実務を読み解く上で非常に重要な視点です。

【裁判所の判断:賠償額の大幅減額】 裁判所は、元従業員が提供した資料の多くが、実際に起きていた会計不正や経営トップのスタイルに関するものであった事実を重く見ました。 「元従業員の行為は不正競争行為であり損害賠償義務は免れないが、その違法性の程度は比較的低い」と判断したのです

結果として、第一審で命じられた約275万円の賠償額は、控訴審においてわずか「66万円」へと大幅に減額されました。約1億1000万円の請求からすれば、実質的な会社の敗北とも言える金額です

▶なお、出版社側については、「国民の知る権利に資する正当な取材・報道活動の範囲内」として、第一審から一貫して違法性はなく無罪(請求棄却)とされています。

★マスコミ側が「お咎めなし」となった理由

裁判所は、出版社側(被告会社ら)の行為について賠償責任を一切認めませんでした

その最大の理由は、記事の内容が「投資家や市民の関心が寄せられる公共性の高い事項」だったからです。出版社側は独自の検討を経て報道価値があると判断しており、不当に個人情報などを暴露したわけではないと認定されました

たとえ記事のネタ元が「元従業員が社内規則に違反して持ち出した情報」であったとしても、この報道は「国民の知る権利」に貢献する正当な取材・報道活動の範囲内であり、違法性はないと結論付けられたのです。企業の営業秘密よりも、報道の自由と公共性が優先された結果と言えます。

【実務コラム】正義の告発で身を滅ぼさないために。

組織の深刻な不正に直面した場合、これを公にすることは間違いなく社会正義に適う行動です。社会や企業に対して強力な自浄作用が期待できる以上、本来であれば不正の事実は躊躇なく公表すべきだと言えます。

しかし、現実の法律(公益通報者保護法)はシビアです。義憤や怒りに任せて週刊誌などにリークしてしまうと、本件の裁判のように「会社への加害目的がある(不正な目的)」とみなされ、公益通報としての保護対象から外れてしまいます。

では、今回の元従業員はどのような対応をすれば「完全に保護」されていたのでしょうか?

答えは、「会社への私怨や復讐心を一切見せず、客観的な証拠のみを携えて、行政機関(証券取引等監視委員会など)への通報に徹すること」でした。

記者に「会社が動揺する様を見たい」などと余計な本音を語り、通報に無関係な内部資料まで提供するのではなく、正規の行政ルートで淡々と事実だけを告発していれば、法律上の要件を完全に満たせたはずです。そうしていれば、巨額の賠償リスクを背負うことなく、無傷で正義を貫けていたでしょう。

社会正義を実現するためには、熱い心と極めて冷静な「法的な頭脳」が必要不可欠なのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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