今回は、令和8年(2026年)6月29日に消費者庁及び公正取引委員会によって下された、ある企業の「ステルスマーケティング(ステマ)」に対する厳格な措置命令のメカニズムを科学します。
■ 事件の構図:作られた「SNSでも大人気!」のカラクリ
今回、消費者庁のターゲットとなったのは、神戸市に本社を置く「T製薬株式会社」です。同社は、子供向けの成長サポート食品を販売していました。
T製薬は商品の販売促進活動として、以下のような手法をとりました。
- 第三者(インフルエンサー)を募集し、商品を無償で提供する。
- その第三者に対し、SNSへの商品に関する投稿を依頼する。
- 投稿された画像を抜粋し、自社の公式ウェブサイトや楽天市場、Yahoo!ショッピングの販売ページに「SNSでも大人気!」などのキャッチコピーと共に掲載する。
一見すると、現代のウェブマーケティングでよく見かける光景ですが、このプロセスには法律上、致命的な「欠落」がありました。
■ 違法のメカニズム:景品表示法が禁じる「ステマ」の定義
T製薬の何が法律違反だったのでしょうか。それは「景品表示法第5条第3号(ステルスマーケティング告示)」に抵触した点です。
T製薬は、自社の販売ページに第三者のSNS投稿を掲載していましたが、それが「企業側から依頼して投稿させたものであること(PR等の表記)」を一切明らかにしていませんでした。 一般消費者から見れば、自発的に商品を買った純粋なユーザーが「これ、すごく良い!」とお勧めしているようにしか見えません。
法律は、このように「事業者の表示であるにもかかわらず、一般消費者がそれを判別することが困難な表示」をステルスマーケティングとして厳格に禁止しています。消費者の「自主的かつ合理的な選択」を狂わせる行為だからです。
■ ステマを縛る法律の正体 景品表示法第5条第3号
この条文は「消費者を誤認させるおそれがある表示」を禁じており、令和5年の指定告示によって「事業者の表示(広告)であるにもかかわらず、一般消費者がそれを判別することが困難な表示」が明確に違法と定義されました。
■ なぜ法律で禁止されたのか?(立法背景)
かつて、企業が対価を払って「純粋な口コミ」を装う宣伝が横行しました。消費者はそれを第三者の客観的評価だと信じてしまうため、自主的で合理的な商品選びが著しく阻害されます。
こうした「消費者を騙す不透明なマーケティング」を市場から排除し、消費者の利益を強力に保護するため、国はステマを明確な法律違反として取り締まるに至ったのです。
- ①「事業者の表示」であること 企業が第三者に商品を無償で提供し、SNSへの投稿を直接依頼し、その画像を自社サイトに転載した以上、これは単なる個人の感想ではなく「企業自身の広告(表示)」に他ならないと認定されました。
- ②「広告であることの判別が困難」であること 第三者のSNS投稿には「企業からの依頼」であることが一切明記されておらず、一般消費者が「純粋な口コミ」と完全に誤認する状態であったため、違法なステマと断定されました。
【図解】アウトかセーフか?「ステマの境界線」判定表
景品表示法のステルスマーケティング規制における最大のポイントは、「①企業からの依頼や対価(商品提供含む)があるか(=事業者の表示か)」と、「②その関係性を消費者に隠していないか」の2点です。
具体的な判定例を以下の表にまとめました。
| シチュエーション(具体例) | 判定 | 科学的・法的メカニズム(根拠) |
| 【完全なステマ(今回のA社事件)】 企業がインフルエンサーに商品を無料提供し、「SNSで紹介して!」と依頼。インフルエンサーは**「#PR」などをつけずに、さも自分で買ったかのように大絶賛の投稿**をした。 | 違法 (アウト) | **「事業者の広告」であるにもかかわらず、その事実を隠しているため、明確なステマ(景表法違反)**となります。企業はもちろん、信用を失うインフルエンサーにとっても致命傷です。 |
| 【正当なインフルエンサー広告】 企業が商品を無料提供し投稿を依頼。インフルエンサーは投稿内に**「A社から商品提供を受けました」「#PR」「#プロモーション」と明確に記載**して紹介した。 | 合法 (セーフ) | 企業からの依頼であっても、消費者が「これは広告(PR)なんだな」とハッキリ認識できる状態になっていれば、ステマには該当しません。真っ当な広告活動です。 |
| 【純粋な一般ユーザーの口コミ】 一般消費者が自腹で商品を購入し、「これめっちゃ良かった!」と自発的にSNSで大絶賛の投稿をした。 | 合法 (セーフ) | 企業からの依頼や対価が一切存在しないため、そもそも「事業者の表示(広告)」に該当しません。消費者の自由な表現であり、全く問題ありません。 |
| 【グレーゾーン(ギフティング)】 企業が商品を無料提供したが、**「投稿するかどうか、どんな内容を書くかは完全に自由」**として一切の条件をつけなかった。結果、インフルエンサーが自主的にPR表記なしで投稿した。 | 合法の 可能性 (要注意) | 企業側が投稿内容を決定できる関係にない(客観的に見てインフルエンサーの自主的な意思による投稿)と認められれば、ステマにはなりません。しかし、少しでも「投稿のお願い」のニュアンスがあればアウトになるリスクが高く、実務上は「#PR」をつけるのが最も安全な防衛策です。 |
悪徳企業を成敗!「消費者庁」の恐るべき権限と仕事
- 市場の監視役(業務):景品表示法などを武器に、消費者を騙す不当表示や悪質な勧誘を取り締まり、公正な取引環境を維持します。
- 強制的なメス(調査権限):違反の疑いがある企業に対し、関係書類の提出要求や事業所への「立入検査」を強制的に行う法的権限を持ちます。
- 最強の鉄槌(処分権限):違法行為が発覚すれば、再発防止を命じる「措置命令」や巨額のペナルティである「課徴金納付命令」を下し、企業の不正を社会に公表します。
■ 行政の鉄槌:消費者庁が下した「3つの措置命令」
消費者庁は同法第7条第1項に基づき、T製薬に対して客観的かつ強制的な措置命令を下しました。その内容は以下の通りです。
- ① 違反の周知徹底:行っていた表示が一般消費者を誤認させるものであり、景品表示法に違反していた事実を、一般消費者に周知徹底すること。
- ② 社内体制の浄化:再発防止策を講じ、それを役員及び従業員に周知徹底すること。
- ③ 違反行為の禁止:今後、同様の「事業者の表示であることを隠す」表示を行わないこと。
自社のサイトで「SNSで大人気」と謳っていた企業が、自らの手で「あれはやらせ(依頼によるもの)で、法律違反でした」と公表させられる。これが、ステマという不透明なマーケティング手法に対して法が突きつけるシビアな代償です。
■ 最も多い罠:「二次利用」でのPR表記消滅
大正製薬やロート製薬の事例から見えてくるのは、「SNS上では合法(#PR表記あり)だったのに、自社サイトへの転載(二次利用)で違法になる」という恐るべきメカニズムです。
広告主側は「自社サイトに載せている時点で、消費者は自社の広告だと分かるだろう」と錯覚しがちです。しかし法律上は、元が第三者の発信である以上、それを転載する際にも「これは企業が依頼したプロモーションである」という事実を明確に引き継がなければ、一般消費者を誤認させる表示(ステマ)としてシビアに判定されます。
■ 値引きと引き換えの高評価は「一発レッド」
医療法人の事例に見られるように、「星5をつけてくれたら〇〇円引き」「口コミ投稿でプレゼント」といった古典的なレビュー獲得キャンペーンも、現在のステマ規制の網にかかります。割引や特典という「経済的利益」によって誘引された投稿は、もはや消費者の純粋な感想ではなく「事業者の表示(企業自身の広告)」とみなされるからです。
企業のマーケティング担当者はもちろん、口コミを信じて商品を選ぶ私たち消費者も、こうした「見えない広告」のメカニズムを知っておくことが最大の自己防衛になります。

