【YouTuber同士の泥沼裁判劇】「詐病疑惑」と「ヒモ男」発言の法的代償

日常生活その他×裁判

ネット上の誹謗中傷トラブルは、一歩間違えれば「名誉毀損罪」や「侮辱罪」として警察が動く刑事事件に発展します。今回は、登録者20万人超のYouTuber夫婦に対する誹謗中傷が争われた実際の民事裁判(令和6年(ワ) 第70555号)を題材に、どこからがアウトになるのかを科学します。

事件名侮辱及び名誉毀損に係る損害賠償請求事件
裁判所東京地方裁判所
裁判年月日令和8年3月25日
結果一部認容
原告Aに対し22万円
原告Bに対し33万円

事件の全容

キャンピングカー生活などを配信する人気YouTuber夫婦(原告)と、彼らを批判する動画を多数投稿した別のYouTuber(被告)の間で起きた裁判です。原告妻ががんを公表して闘病生活を配信していたところ、被告が「詐病ではないか」などと発言したことが大きな争点となりました。

【事実関係】YouTuber間 誹謗中傷・パブリシティ権訴訟

項目事実関係
当事者原告: 登録者数20万人を超える、夫婦で活動するYouTuber
被告: 別のYouTubeチャンネルを運営する配信者
事件の背景令和4年11月6日、原告が「妻ががんを患っていること」を動画で公表した。その後も闘病生活の配信、書籍の出版、テレビ出演などの活動を行っていた。
被告の行為①
(グループ名の使用)
被告は自身のチャンネルにおいて、原告らのグループ名をタイトルやハッシュタグに付した動画を約180件投稿した
被告の行為②
(侮辱的な発言)
被告は投稿した動画(本件動画1〜4)内で、原告夫に対して「アホ」「ヒモ男」「むさい男」などと発言を繰り返した。
被告の行為③
(詐病疑惑の流布)
令和5年2月22日、被告は他の配信者の動画に出演し、原告妻の病気について「あえてステージ4って言ってお金を集めるためにやっている」「そもそも詐病なんじゃない」などと発言した。

原告の主張(法的要件ごとの整理)

パブリシティ権の侵害 原告グループ名には顧客吸引力があり、被告が自身の動画のタイトルやタグに無断使用した行為は、その集客力を専ら利用するものであり、ブランド価値を不当に毀損するパブリシティ権侵害であると主張しました。

② 名誉感情の侵害(侮辱) 被告が動画内で原告夫を「アホ」「ヒモ男」と執拗に中傷し、原告妻についても「病気をネタに金を稼いでいる」などと発言した行為は、社会通念上許される限度(受忍限度)を超えた侮辱行為であると主張しました

③ 名誉毀損および不正競争 被告が「お金を集めるための詐病」と発言したことは、原告の社会的評価を低下させる名誉毀損、あるいは競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽事実の流布(不正競争防止法違反)に当たると主張しました

パブリシティ権の根拠と歴史的経緯
  • 根拠法令は「存在しない」: 実は、日本の法律(著作権法など)に「パブリシティ権」という明文の規定はありません。有名人の氏名や肖像が持つ「顧客吸引力(経済的価値)」を保護するため、裁判所の判例(民法709条の不法行為)の積み重ねによって確立された権利です。
  • 認められた歴史的経緯: 1970年代から有名人の写真の無断商業利用が社会問題化し、「マーク・レスター事件(1976年)」等で下級審が権利を認め始めました。その後、2012年の最高裁判決(ピンク・レディー事件)によって、権利の存在と「侵害となる3要件」が明確に示され、確固たる法的ルールとして定着しました。
  • 【パブリシティ権侵害の3要件】専ら顧客吸引力の利用を目的としたかどうか
    ①肖像等自体を独立した鑑賞対象の商品として使用
    ②商品の差別化を図る目的で付着
    ③商品の広告として使用

原告 vs 被告の主張対立まとめ

争点原告(被害に遭ったYouTuber夫婦)の主張被告(批判動画の投稿者)の主張
① パブリシティ権の侵害
(グループ名の無断使用)
・私たちのグループ名には集客力(顧客吸引力)がある
・被告はタイトルやタグに名前を無断で使い、誹謗中傷動画を拡散させてブランド価値を汚染・希釈化した
・タイトルやタグへの使用は「キャラクター商品」のような利用とは全く違う
・「ブランド汚染」などは原告の独自の見解であり、単に動画の内容が気に入らない(名誉毀損だ)と言っているにすぎない
② 名誉感情の侵害
(「ヒモ男」等の侮辱発言)
・夫に対して「アホ」「むさい男」「ヒモ男」と執拗に中傷した
・妻に対しても「不摂生でがんになり、病気をネタに稼いでいる」と発言しており、社会的な受忍限度を完全に超えた侮辱である
・動画内でそれらの発言をしたこと自体は認める
・しかし、いずれも社会生活上許される限度(受忍限度)を超える侮辱行為には当たらない
③ 不正競争・名誉毀損
(「詐病」疑惑の流布)
・お互いYouTubeを収益化しており、熾烈な競争関係にある
・被告が「お金を集めるための詐病」と発言したことは、競争相手の営業上の信用を害し、社会的評価を低下させる名誉毀損である
・そもそもジャンルが違い、競争関係にはない
・問題とされた発言の一部は、コラボ相手(共同配信者)のものであり、自分は便乗しただけである
・原告が主張するような「詐病である」という事実を摘示したとはいえない

裁判所のジャッジメント

適法or違法の境界線

今回の裁判では、視聴者の方々も日常的にSNSで目にするような行為について、明確な法的判断が下されました。

1. 他人のグループ名をタグ付けしてアクセスを稼ぐ行為(パブリシティ権)

被告は、自身の動画のタイトルやハッシュタグに原告のグループ名を使用し、アクセスを集めていました

  • 裁判所の判断:セーフ(侵害なし)
  • 理由: 動画のタイトルやハッシュタグは、内容を簡潔に表したり検索を容易にしたりする目的で使われるものです。被告の動画は原告らを話題にして論評する内容であったため、専らグループ名の「顧客吸引力」だけを利用する目的とは言えず、パブリシティ権の侵害には当たらないと判断されました。

2. 「アホ」「ヒモ男」といった悪口(名誉感情の侵害)

被告は動画内で、原告夫に対して「あのアホ」「家でゴロゴロする何もできないヒモ男」「むさい男」などと発言しました

  • 裁判所の判断:アウト(不法行為成立)
  • 理由: 個々の発言は意見や感想であっても、執拗に繰り返していることから、社会生活上許される限度を超える侮辱行為に当たると認定されました。

3. 「詐病でお金を集めている」という暴露・批判(名誉毀損)

被告は他の配信者との動画内で、原告妻が大量の食事を摂取していることなどを理由に、「もともと回復の見込みがある癌なんです あえてステージ4って言ってお金を集めるためにやっている」「そもそも詐病なんじゃない」と発言しました

  • 裁判所の判断:完全にアウト(名誉毀損成立)
  • 理由: これらの発言は、原告らが病状を深刻なものと偽って金銭を集めているという「事実」を摘示するものであり、視聴者に詐病であるとの印象を与え、原告らの社会的評価を低下させると判断されました。

判決の結論(賠償額のリアル)

裁判所は、被告の不法行為を認定し、以下の損害賠償を命じました。

対象者認定された不法行為賠償額(慰謝料+弁護士費用)
原告妻名誉毀損33万円(慰謝料30万円+弁護士費用3万円)
原告夫名誉毀損 + 名誉感情侵害22万円(名誉毀損16.5万円 + 名誉感情侵害5.5万円)

裁判所は、現に病気を患っている原告妻に与える苦痛は相当程度大きいと指摘し、慰謝料を算定しました

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実務コラム:名誉毀損の賠償額はどう決まる?

「名誉を傷つけられた!慰謝料1000万円だ!」ネットトラブルでよく見る強気な発言ですが、実務上、名誉毀損の賠償額に決まった計算式はありません。裁判所は主に以下の要素から客観的に判断します。

  • 被害者の属性と実害: 被害者の社会的地位や、実際に受けた精神的・経済的ダメージの度合い。
  • 発言の悪質性: 内容の過激さ、執拗さ、期間。
  • 与える影響の大小: 登録者数の多いチャンネルやSNSなど、影響力の大きさ。

【図解】名誉毀損の賠償金(慰謝料)リアルな相場と実例

SNSの登場により口コミ、投稿などの名誉棄損事件が爆発的に増えています。
ただ、その多くは民間人同士のため、判決で認められる賠償金は5~10万円程度が占めます。
被害者は、弁護士費用(30~50万円)をかけて提訴しているため、被害者はほぼ確実に赤字になります。しかし、加害者に社会的制裁を加えたい、誹謗中傷のない社会を実現したいという様々な想いをかけて、裁判に臨んでいるのです。

レベル賠償金の相場事案の実例(典型例)裁判所の判断基準(なぜこの金額か)
10万円 〜 50万円・匿名掲示板で「Aはバカで仕事ができない」と書き込んだ。
・X(旧Twitter)で個人の容姿を中傷する嘘の噂を流した。
個人間のトラブルや、一過性のネット上の書き込み。被害者の実生活への影響(退職や引っ越しなど)が少なく、精神的苦痛が比較的軽度とみなされるケース。
50万円 〜 150万円・「Aは職場で不倫している」という虚偽のビラを近所に撒いた。
・執拗なネットストーカー行為により、被害者が適応障害を発症した。
被害者の実生活(家庭や職場)に具体的な悪影響が出ているケース。書き込みの頻度が高く、執拗で悪質性が高いと判断されると、金額が跳ね上がります。
150万円 〜 300万円以上・「あの企業は詐欺をしている」と虚偽の告発動画を拡散させた。
・有名人に対して「過去に犯罪を犯した」というデマを流した。
企業や著名人など「社会的影響力」が大きい被害者に対し、深刻な営業妨害や社会的信用の失墜を招いたケース。経済的損失が大きいほど高額化します。
監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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