本日は、多くのYouTuberや配信者が震え上がるかもしれない事件を科学的に解き明かします。
テーマは「有料サイトのみで実況されている将棋の対局の棋譜(指し手データ)を、YouTubeで実況配信することは違法か?」
将棋の「棋譜(指し手の情報)」は単なる指し手を記録した事実を積み重ねた履歴であり著作物ではありません。
では、それをYouTubeなどの動画配信サイトで勝手に実況配信して収益を得る行為は許されるのでしょうか?
企業と配信者が真っ向から激突した衝撃の裁判を解説します。
| 事件名 | 不法行為に基づく損害賠償請求控訴事件 |
|---|---|
| 裁判所 | 東京高等裁判所 |
| 裁判年月日 | 令和8年3月12日 |
| 結果 | 一部認容 :325万円 |
事件の全貌:誰が、何を、どうしたのか?

本件の登場人物と、裁判に至ったトラブルの基本的な事実関係は以下のとおりです。
| 項目 | 事実関係の概要 |
| 当事者の関係 | A社(原告):将棋のタイトル戦を主催し、多額の費用と労力を投じている新聞社。B連盟から棋譜の独占的利用権を付与されている。 B連盟(原告):将棋の普及発展を目的とする公益社団法人。各種棋戦を主催し、A社などの新聞社から契約金を得ている。 C(被告):インターネット上の動画配信サイト(YouTube等)で活動する配信者。 |
| 問題となった行為 | Cは、A社らが定めたガイドラインに従わず、無断でタイトル戦の「棋譜(指し手の情報)」を利用した動画を配信サイト上で配信した。 |
| 裁判の引き金 | A社およびB連盟は、Cによる棋譜の無断配信が、自社が多大なコストをかけて構築した営業上の利益を侵害する「不法行為」にあたるとして、Cに対して多額の損害賠償を求める訴えを起こした。 |
A社が定める「データ利用ガイドライン」の全貌
原告であるA社が定めていた利用ガイドラインの要点は、以下の通りです。
原告(A社・B連盟)の主張:Cのライブ配信は違法だ!
対局映像を使わずに棋譜(指し手情報)のみライブ配信していた!
そこで、原告らは、配信者Cの無断配信が不法行為(民法709条)に該当するとして損害賠償を主張しました。
- 法的保護に値する利益の侵害(違法性): 棋譜は著作物ではないが、原告らが多額の費用と労力を投じて創出した「営業上の利益」である。利用ガイドラインでも禁止されている。Cはこれにタダ乗りし、自由競争の範囲を逸脱した。
- 故意・過失: Cはガイドラインで対局当日の配信が禁止されていることを認識しつつ、無断で利用した。
- 損害の発生と因果関係: Cの配信により、第三者からの適正な利用許諾料(逸失利益)が減少し、A社のサイト広告収入も減少するなどの実害が生じた。
【原告が主張する損害の内訳】
| 請求者(原告) | 主張した損害額(請求金額) | 主張の具体的な内容と計算根拠 |
| A社 (新聞社) | 合計:1969万円 ・営業損害等:1790万円 ・弁護士費用:179万円 | 正規の利用料を**「少なくとも1動画当たり10万円」と算定。Cが配信した合計179本**の動画について、1790万円の損害(利用許諾料の逸失利益や、自社サイトの広告料収入の減少など)が発生したと主張しました。 |
| B連盟 (社団法人) | 合計:1969万円 ・営業損害等:1790万円 ・弁護士費用:179万円 | 第三者への許諾権限は自らにも残っているとして、A社と同額(1790万円+弁護士費用)を請求しました。また、Cのような無断配信者がいなければ視聴者のうち200名程度は自社の公式アプリの有料会員になっていたはずだとも主張しました。 |
【図解】真っ向対立!著作物ではないデータの無断配信をめぐる主張
本件裁判において、データを無断配信されたとする原告(A社・B連盟)と、配信は適法だと反論する被告(配信者C)の主張は、以下のポイントで激しく対立しました。
| 争点(テーマ) | 💥 原告(A社・B連盟)の主張 | 🛡️ 被告(配信者C)の主張 |
| ① 不法行為の成立(配信は違法か?) | 多額の費用と労力を投じて創出した棋譜データに、Cは無断でタダ乗り(フリーライド)して収益を得ている。これは自由競争の範囲を逸脱した悪質な不法行為である。 | 棋譜は創作物ではなく「客観的事実」であり、情報の流通は表現の自由の範疇である。必要な費用を払って適法に取得した情報であり、A社らの営業を害する意図もない。 |
| ② A社(新聞社)の損害について | Cの無断配信のせいで、ルールを守って利用料を払う他者のインセンティブが低下し、利用許諾料の逸失利益が生じた。また、自社サイトの閲覧者が減り広告収入も減少した。 | A社が主張する利用料は一方的に定めた金額に過ぎず、根拠がない。また、サイトの閲覧者減少は「将棋ブームが落ち着いたこと」など他の原因も考えられ、配信との因果関係はない。 |
| ③ B連盟(社団法人)の損害について | A社に独占権を与えているが、自らにも許諾権限があるため利用料相当の損害が生じた。また、無断配信がなければ、視聴者のうち200名程度は自社の有料アプリ会員になっていたはずだ。 | (C側の反論・裁判所の判断含む)B連盟はA社に独占権を与えており許諾権限はない。また、無料配信の視聴者と有料アプリの利用者は層が異なり、会員減少との因果関係はない。 |
裁判所のジャッジメント:著作物でなくても「タダ乗り」は許さない
裁判所は、著作権法で保護されない情報であっても、無断利用が不法行為になり得るという厳しい判断を下しました。
① 不法行為の成立(違法性の認定)
裁判所は、著作物に当たらない無体物の利用であっても、法的に保護された利益を侵害するなどの「特段の事情」があれば不法行為を構成すると述べました。
そして、以下の理由からCの配信行為を違法(不法行為)と認定しました。
② 損害額の算定
裁判所は、損害額の立証が極めて困難であるとしつつも、民事訴訟法248条を用いて相当な損害額を認定しました。
- A社(新聞社)への損害: Cの配信によって、第三者がルールを守って利用許諾料を支払うインセンティブが低下したことによる減収や、A社のウェブサイトの閲覧数減少に伴う広告料収入の減少を認めました。結果として、対象となった3つの期間(期)を合計して325万円の損害賠償をCに命じました。
- B連盟への損害: B連盟はA社に独占的利用権を与えており自ら許諾する権限がないことや、自社アプリの会員減少との因果関係が認められないとして、B連盟からの請求は棄却されました。
民事訴訟法248条は、「損害が発生したことは確実だが、損害の性質上、その具体的な金額を証拠で証明することが極めて困難な場合」に、裁判所の権限で相当な損害額を認定できるというルールです。
- なぜ必要なのか: 通常、民事裁判では原告が「いくらの損害が出たか」を客観的に証明する責任があります。しかし、データへの無断アクセスや著作権・不法行為などの目に見えない被害では、正確な金額の算定が不可能に近いケースが多く、被害者救済のために設けられました。
今回の事件が示す教訓は、「著作権がない=何をしても自由」ではないということです。
他人が多額のコストをかけて作り上げた興行やデータ(スポーツの速報やゲームの実況なども同様のリスクを孕みます)にタダ乗りして収益を上げる行為は、民法上の「不法行為」として数百万円単位の賠償を命じられる危険性があります。
動画クリエイターや配信者の皆さんは、安易な「タダ乗り配信」が致命傷になり得ることを、科学的に理解しておく必要があるでしょう。
【実務コラム】被告Cが支払う弁護士費用541万円(推定)
裁判の恐ろしさは、相手に支払う賠償金だけではありません。自分を守るための「弁護士費用」も重くのしかかります。旧弁護士会報酬基準(現在も多くの事務所が参考にしている基準)に照らし、被告Cの出費を推定しました。
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【図解】賠償金だけじゃない!被告Cにのしかかる「本当の代償」を科学する
裁判の恐ろしさは、敗訴して相手に支払う賠償金だけではありません。自分を守るために依頼する「弁護士費用」も重くのしかかります。旧弁護士会報酬基準(現在も多くの事務所が参考にしている基準)に照らし、今回の裁判を通じた被告Cの最終的な出費を推定しました。
| 項目 | 推定金額 | 算出根拠・詳細 |
| ① 着手金 (依頼時の費用) | 約187万円(税抜) | 原告2社(A社・B連盟)からの請求総額3938万円を基準に算定。 |
| ② 報酬金 (解決時の費用) | 約354万円(税抜) | 判決の賠償額(325万円)を踏まえ、**「約3613万円の減額に成功した」**という弁護士目線の実績(経済的利益)を基準に算定。 |
| 弁護士費用 合計 | 約541万円(税抜) | ①着手金 + ②報酬金 |
| ③ 損害賠償金 | 325万円 | 最終的な判決で裁判所から被告Cに支払いが命じられた金額。 |
| 💥 被告Cの最終的な出費 | 総額 約900万円 | 弁護士費用(約541万円)+ 賠償金(325万円)の合算額。 |
被告Cが支払った弁護士費用は合計約541万円(税抜)と推定されます。
これに判決で命じられた賠償金325万円を合わせると、C氏の最終的な出費は総額900万円近くに達する計算です。
【配信者のリスク対策】配信者Cはどうすれば合法だったのか?
配信者が、数百万円の賠償という地雷を踏まないための回避策は、非常にシンプルです。それは「主催者の公式ルール(ガイドライン)を厳守すること」に尽きます。
具体的には以下の2点を守るべきでした。
「ただの事実だから自由」という慢心を捨て、巨額のコストをかけた主催者のビジネスと競合しない工夫が不可欠です。
【運営側のリスク対策】タダ乗りを許さない!
自社のデータや興行への「タダ乗り配信」を法的に撃退し、不法行為として損害賠償を請求するためには、事前の準備が不可欠です。本件判決を踏まえ、運営側は以下の対策を徹底すべきです。
今回、A社は、結果的に裁判には勝ちましたが、弁護士費用を踏まえると赤字のはずです。このような違法配信を回避するための策を講じておくことが訴訟リスクを低下させることに繋がります。
プラスα:約900万円の負債は自己破産でチャラになるのか?
結論から言うと、被告Cが自己破産した場合、この損害賠償金は免責(ゼロ)になる可能性が高いです。
破産法には「悪意で加えた不法行為」による賠償金は自己破産しても消えないという例外ルール(非免責債権)があります。しかし、ここでの「悪意」とは「積極的に相手を害する意思」を指します。
C氏の無断配信はあくまで自己の利益(収益化)が目的であり、原告A社らを積極的に潰す意図(悪意)までは認定されにくいため、自己破産すれば支払義務は消滅する可能性が高いのが現実です。


