【弁護士解説】直接手を下さなくても「犯罪」になる? 裁判官が暴く「実行行為」の科学

無罪×裁判

推理小説やドラマで、こんな「完全犯罪」の計画を見たことはありませんか?

「相手を直接突き落とすのではなく、ナイフで脅して崖っぷちまで追い詰める。恐怖に駆られた相手が自ら飛び降りれば、自分は手を下していないから殺人罪にはならない……」

果たして、この目論見は法廷で通用するのでしょうか?

結論から言うと、100%通用しません。重い殺人罪が成立します。

一般的に「犯罪」と聞くと、刃物で刺す、自分の手で突き落とすといった「物理的なアクション」を想像するかもしれません。しかし、刑事裁判における「実行行為(じっこうこうい)」の定義は、皆さんの想像よりもはるかに広く、そして科学的です。

今回は、法廷が「どこからが犯罪の実行なのか」をどのように判定しているのか、その恐るべきメカニズムを解剖します。

実行行為とは「危険のスイッチ」を押すこと

刑法学において、犯罪の「実行行為」とは以下のように定義されます。

法益(生命や財産など)を侵害する、現実的に高い危険性を持つ行為

少し小難しいので、科学の実験に例えましょう。

裁判官は、被告人の行動を「ピタゴラスイッチ(からくり装置)」のように見ています。

一度その行動(スイッチ)を起こしてしまえば、あとは物理の法則や人間の心理メカニズムに従って、「必然的に最悪の結果(死やケガ)に向かってドミノが倒れていく」。その最初の一押しとなる危険なアクションこそが、法的な「実行行為」なのです。

だからこそ、直接手を下す必要はありません。

刑法 第204条傷害罪:「人の身体を傷害した者は、15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。」
ここでいう実行行為とは、「人を傷付ける行為」をいいます。
刑法がなぜ傷害行為を処罰しているかというと、非難されるべき行為であるという国民の共通認識があるからです。
すなわち、どのような方法で人を傷害しても、それは非難されるべき行為ということになります。

法廷で裁かれる「3つの実行行為」

裁判官は、物理的な接触だけでなく、心理的・環境的な要因も含めて「危険のドミノ」を分析します。具体的には、以下の3つのパターンで実行行為を認定します。

パターン具体的な状況裁判所の論理(なぜ実行行為になるか)
① 物理的な直接行為包丁で刺す、拳銃で撃つ、毒を飲ませる。最もわかりやすい「生命への直接的な危険の創出」です。
② 心理的な間接行為極寒の橋や崖の上など、逃げ場のない危険な場所で相手を極限まで脅す。相手がパニックで足を滑らせようと、絶望して自ら飛び降りようと、「死の罠」をセットアップして精神を支配した時点で実行行為とみなされます。
③ 何もしない(不作為)親が幼い子供にミルクを与えず、餓死させる。「行動しないこと」自体が実行行為になります。助ける義務があるのに放置することは、「飢餓という死のドミノ」を止めない=殺したのと同じと評価されます。

【具体例】何もしない=殺したのと同じ?「不作為」が実行行為になる4つの類型

裁判所は、単に「冷たい人間だったから」という道徳的な理由で罪に問うわけではありません。その人に「行動して結果を防ぐべき法的な義務(作為義務)」があったにもかかわらず、あえて何もしなかった場合にのみ、不作為を実行行為として認定します。

何もしないことが実行行為といえる要件
①作為義務が負う者が(結果を回避する義務)
②回避することが可能であったのに何もせずに、結果を発生させた場合

状況・事件の類型何をしなかったか(不作為)なぜ罪になるのか(法的な義務の根拠)成立し得る重い罪
① 育児放棄(ネグレクト)幼い我が子に食事や水を与えなかった親には自力で生きられない子を保護する法律上の義務があるから殺人罪、保護責任者遺棄致死罪
② ひき逃げによる放置自分が車ではねた被害者を救護せず、放置して逃げた自分が「死の危険」を作り出した以上、それを防ぐ責任(先行行為)があるから殺人罪(※自動車運転死傷処罰法とは別次元)
③ 医療従事者の意図的な放置目の前で急変した担当患者に対し、あえて救命措置を行わなかった医師として患者の命を預かり、治療を行うという契約・業務上の義務があるから殺人罪、業務上過失致死罪
④ 危険な空間への囲い込み泥酔・薬物中毒の知人を自分の部屋に連れ込み、異変が起きても放置した自室という「自分しか助けられない閉鎖空間(排他的支配)」に相手を置いたから殺人罪、保護責任者遺棄致死罪

科学と心理で暴かれる「言い訳」の限界

冒頭の「崖まで追い詰めて、相手が勝手に飛び降りた」というケースに戻りましょう。

被告人は法廷で「私は突き落としていません! 彼が勝手に落ちたんです(あるいは自ら飛び降りたんです)!」と主張するでしょう。

しかし、プロの裁判官や検察官は、人間の「生存本能」と「パニック心理」を科学的に理解しています。極限の恐怖を与えられた人間が、合理的な判断を失い、逃げ場のない場所から転落してしまうのは「予測可能な物理・心理現象」に過ぎません。

法廷では、こう結論付けられます。

「あなたが突き落としたのと同じである。あなたが『死のドミノ』を倒したのだ」
つまり、そのような状況を作出したことは、突き落とした行為と同じくらい危険な行為なので、刑法上は、同価値と判断することになります。

何もしないことで有罪に? 代表的な裁判例を紹介

事件の通称・概要法的義務の根拠(なぜ助ける責任があったか)裁判所の判断(成立した罪)
① ミイラ化遺体(シャクティパット)事件
重病の患者を病院から連れ出し、適切な医療を受けさせず「手かざし」のみで放置し死亡させた事件。
【排他的支配・引き受け】
患者を病院から連れ出し、自分以外の誰も助けられない状況(密室状態)を作り出したため。
殺人罪
(不作為による殺人)
② ひき逃げ後の隠蔽・放置事件
車ではねた被害者を救護せず、発覚を恐れて人目につかない茂みなどに隠して放置し死亡させた事件。
【先行行為と排他的支配】
自ら事故(危険)を起こした上、被害者を隠して他人が救助するチャンスすら奪ったため。
殺人罪
(未必の故意による殺人)
③ 覚せい剤中毒者の放置事件
ホテルで一緒に覚せい剤を打った相手がショック症状を起こしたのに、警察の発覚を恐れて救急車を呼ばず放置した事件。
【先行行為と保護義務】
違法薬物という危険なものを自ら提供・注射し、密室で相手を危険な状態に陥らせたため。
保護責任者遺棄致死罪
(※殺意までは認められず)
④ 踏切番の居眠り事件
鉄道の踏切を管理する係員が、勤務中に居眠りをして遮断機を下ろさず、列車と車の衝突事故を招いた事件。
【法令・契約上の義務】
仕事として「遮断機を下ろして安全を守る」という契約上の義務を引き受けていたため。
業務上過失致死傷罪
(不作為による過失犯)

まとめ:法廷は「物理的な手」ではなく「原因」を裁く

「手を下さなければ捕まらない」というのは、法を知らない人間の浅はかな勘違いです。

刑事裁判は、誰が直接引き金を引いたかという「表面的な動作」だけを見ているのではありません。誰がその取り返しのつかない危険な状況(システム)を作り出したのかという、本質的な「原因と結果の因果関係」を冷徹に見抜いているのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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