【贈賄で逆転無罪】産学連携で民間会社役員が払った金品の賄賂性を否定したロジック!

無罪×裁判

国立大学の教授に対し、共同研究に絡んで賄賂(現金合計194万4000円)を渡したとして、民間企業の役員ら2名が贈賄罪に問われた事件で、大阪高等裁判所は一審の有罪判決を破棄し、被告人両名に「無罪」を言い渡しました。

一審(大阪地裁)では「共同研究の実施等に対する謝礼(賄賂)の趣旨を含む」として執行猶予付きの有罪判決が出ていましたが、高裁がこれを明確に否定した形です。
現代のビジネスで欠かせない「産学連携(企業と大学の協力)」において、何が適法なコンサルタント料であり、何が違法な賄賂となるのかを示す、極めて実務的な意義の大きい判決です。

事件名贈賄
裁判所大阪高等裁判所 第6刑事部
裁判年月日令和2年6月17日
結果破棄自判

1. 事件の背景:技術指導と共同研究の「並走」

本件の当事者と経緯は以下のとおりです。

【賄賂を支払った側】
被告人A(甲社常務取締役)
被告人B(甲社営業部長)
甲社:建築資材を製造販売業

賄賂を受け取った側
国立大学教授(みなし公務員)
乙研究所を経営
不正会計等で背任罪&収賄罪で有罪確定

甲社は、自社製品の研究開発のため以下の2つの契約・取引をC教授側と進めました。

  1. 技術指導契約(私的なコンサル契約): 独自の計算式構築や評定取得に関する技術指導をC教授に依頼。C教授の希望で乙研究所と契約し、対価(技術指導料:合計194万4000円)を支払いました。
  2. 委託研究契約(大学との共同研究): 上記の開発に必要な部材実験を大阪大学(C研究室)で行うため合意し、実験費用を負担しました。

事件の「発端」となった教授の不正

実はC教授は、大学側との委託研究契約について大阪大学の正規の受入れ手続(届出)を行わず、研究費に関しても精算をしないなどの不正を働いていました。
この不正が発覚したことで、C教授は背任罪や収賄罪で起訴され有罪が確定

これに連座する形で、「甲社から関連会社に支払われた技術指導料は、大学での共同研究を有利に取り計らってもらうための賄賂だったのではないか」として、企業側の役員2名も贈賄罪で起訴されたのです。

贈賄罪の成立要件

ニュースなどでよく耳にする「贈収賄(ぞうしゅうわい)事件」ですが、実は「お世話になった公務員にお礼(お金やギフト)を渡したら、それだけで即座に犯罪になる」というほど単純なルールではありません。

【図解1】贈賄罪の成立要件(一連のプロセスと要素)

贈賄罪は、公務員(受け取る側)の収賄罪(刑法第197条など)と表裏一体の犯罪です。以下の要件をすべて満たした場合に成立します。

成立要件(要素)意味・内容具体例(公共工事の入札事件などの場合)
1. 相手が「公務員」であること国家公務員や地方公務員だけでなく、法律により公務員とみなされる「みなし公務員」(国立大学法人の教授、公立病院の医師、警察官など)も含まれます。市役所の「建設工事の入札担当者」や、国立大学の「共同研究の決定権を持つ教授」。
2. 「職務に関し」
(職務関連性)
その公務員が持っている職務権限(仕事上の権限)に関連するものであること。直接の権限だけでなく、密接に関連する仕事も含まれます。工事の入札業者を選定・決定する権限や、公共事業の予算を割り振る権限。
3. 「賄賂」であること
(不正な報酬)
職務に対する**「不正な対価・報酬」**としての利益であること。現金やギフト券に限らず、接待(飲食)、未公開株、異性の提供、借金の免除など、「人の欲求を満たす一切の利益」が該当します。「現金100万円の手渡し」や「高級料亭での高額な接待・クラブの遊興費の負担」。
4. 供与・申込み・約束
(実行行為)
実際に賄賂を渡す(供与)だけでなく、「これを受け取ってください」と提示する(申込み)や、「後で〇〇万円払います」と合意する(約束)だけでも成立します。相手が受け取りを拒否しても、「これでお手心をお願いします」と現金を差し出した時点で贈賄罪が成立します!
5. 故意(内心の認識)「相手が公務員であり、その職務に対する不正な報酬(お礼やお願い)として渡している」と認識していること。「公務員の職務権限で有利な取り計らいを受けたい(または受けた)」という認識・意図。

【図解2】贈賄罪が「成立するケース」と「否定されるケース」の境界線

実務上、最大の争点となるのが「渡したお金やギフトが『職務に対する不正な報酬(賄賂)』なのか、それとも『正当な対価や社交儀礼』なのか」という点です。具体的な比較表でその違いを見てみましょう。

シチュエーション贈賄罪が【成立する】ケース(有罪!賄賂である)贈賄罪が【否定される】ケース(無罪・適法な取引や儀礼)
1. 大学教授との
産学連携・契約
【公務の受入れ・優遇を狙ったお金】
国立大学教授に対し、「うちの企業との共同研究を優先的に受け入れて、うちの良いデータを出してほしい」と頼み、謝礼として現金を渡した。(あるいは架空のコンサル料を名目に支払った)
【実体のある適法なコンサル料】
国立大学教授の高度な専門知識を頼り、大学の許可(兼業許可)を得た上で私的な技術指導を依頼。実際に月1回の勉強会などの実体があり、相場通りの正当なコンサル料を支払った。(※今回の解説事件のケース)
2. 市役所の職員や
警察官との関係
【仕事上の手加減・便宜を頼むお礼】
・交通違反の取り締まりを受けた際、「これで見逃してください」と警察官に現金を差し出した。
・建築許可を早く出すよう頼み、担当職員を高級料亭で高額な接待をした。
【純粋なプライベート・割り勘】
・高校時代の同級生(現在、市役所職員)と居酒屋で飲みに行き、割り勘(または友人としての通常の奢り合い)をした。(※仕事の頼み事は一切なし)
3. 公立病院の医師へ
の謝礼
【特定の便宜・優遇への見返り】
・医療機器メーカーの営業マンが、「自社の機器を病院に導入してほしい」と頼み、公立病院の医師に高額な商品券やゴルフ接待を提供した。
【個人的な感謝の気持ち(※注意が必要)】
・手術が成功した際、患者の家族が公立病院の医師に「ありがとうございました」と3,000円程度の菓子折りを渡した。(※社交儀礼の範囲内とされ犯罪にはならないことが多いですが、現在は病院の規定で受取拒否されるのが一般的です)
4. 政治家・首長
(市長など)への献金
【具体的な仕事の便宜との「交換条件」】
「次の公共工事の指名競争入札で、わが社を指名してください」と特定の取り計らいを頼み(請託)、その見返りとして政治家の政党支部にお金を寄付した。
【政治資金規正法に則った正当な献金】
特定の仕事や便宜の見返りではなく、純粋にその政治家の政治姿勢や政策を応援する目的で、法律の上限額やルールを守って政治資金パーティー券を購入した。
💡 刑事裁判のプロの視点:有罪・無罪を分ける「対価性」と「職務の公正」

贈賄罪の本質は、「公務員の職務がお金や利益によって歪められること(または歪められたと社会から疑われること)」を防ぐ点にあります。

そのため、裁判所は以下の基準で「賄賂(不正な報酬)」かどうかを見極めます。

  1. 対価性があるか(「交換条件」になっているか)「お金を払うから、仕事上で有利にして(=お願い・請託)」「有利にしてもらったから、お礼を払う(=謝礼)」というギブ・アンド・テイクの関係があるかどうかが最も重視されます。
  2. 社会通念(常識)の範囲を超えているかお中元やお歳暮、冠婚葬祭のご祝儀などであっても、あまりに高額(数十万円〜数百万円など)で、常識的な「社交儀礼」の範囲を逸脱している場合は、職務に対する「賄賂」と認定されるリスクが跳ね上がります。

検察官と弁護側の主張の対立

本件の最大の争点:ABが支払った乙研究所への指導料が、大学における研究に対するものか否か

  • 検察官は「私的コンサルと大学での実験は、同じ製品開発のために並走しており不可分一体だ」と主張。本来大学へ払うべきお金を教授の個人会社へ振り込ませ、裏金作りに協力した公務への謝礼(賄賂)だと訴えました。
  • 弁護側は、「乙研究所としての勉強会など指導の確かな実体があり、相場通りの正当な報酬だ」と反論。産学連携で私的指導と実験が重なるのは至極当然で、教授の無届けや着服などの不正は一切知らなかったと主張
贈賄罪の法律要件争点検察官の主張弁護側(被告人)の主張
要件②
「職務に関し」
(職務権限・職務行為)
【職務権限と無届研究の
「職務行為性」】
①C教授に共同研究の受入れ権限があるか
②大学に無届けの共同研究であっても公の「職務行為」といえるか
【権限があり、職務行為である】
・C教授には研究代表者として共同研究の受入れを実質的に決する権限があり、決定後は研究を実施する職務にある。
・大学への手続きが無届けであっても、大学の設備や学生を使って実験を実施した以上、それは公の「職務行為」である。
【無届けの手続きは職務といえない】
・C教授には共同研究の受入れの可否を決する職務権限はない。
・正規の受入れ手続き(届出)を経ていない以上、その受入れや実施を公的な「職務行為」とは評価できない。(※高裁は「実験の実施は職務と言えるが、正規の届出がない以上、遡って『受入れ』があったと扱うことには疑問がある」と指摘)
要件③
「賄賂」性(不正な報酬・対価性)
【技術指導料の「対価性」と賄賂性】
私的契約のコンサル料が、公務(共同研究)の受入れ・実施に対する謝礼(賄賂)といえるか
【不可分一体であり実質は賄賂】
・私的な「技術指導」と大学での「共同研究(実験)」は同じ開発目的のために並走しており、不可分一体の関係にある。
・したがって、支払われた技術指導料(定額報酬)は、公務である共同研究の受入れや実験実施への謝礼(賄賂)の趣旨が含まれる。
【指導の実体がある正当な報酬】
・難解な計算式解明等のため専門知識を頼った適法な私的契約であり、勉強会など確かな指導の実体があって報酬額も妥当である。
・産学連携として私的コンサルと大学での実験が並走するのは至極通常のあり様であり、対価性や賄賂性はない。
要件⑤
故意(認識・共謀)
【不正な謝礼としての「認識」および「裏金作りの加担」】
公務への謝礼という認識や、教授の不正への協力・認識があったか
【認識があり裏金作りに加担】
・本来大学へ納めるべきお金を関連会社口座へ振り込ませ、管理費を免れさせてC教授が自由にできる裏金作りに協力した
・公務に対する有利な取り計らいの謝礼であるという認識(故意)は両名に十分にあった。
【不正の認識はなく完全に合法の意図】
・「兼業許可を得ている会社と契約してほしい」というC教授の要望に従って契約・支払しただけである。
・C教授が無届けで実験を行い、研究費を着服・精算していなかったなどの不正は一切知らなかった

裁判所の見解

【地裁】有罪と認定したロジック:「不可分一体だから賄賂」

一審の大阪地裁は、検察側の主張に沿って有罪と判断しました。その理由は主に以下の点にあります。

  • 企業が依頼した「技術指導」と、大学で行われた「部材実験(共同研究)」は、いずれも製品開発という一つの目的のためのものであり、不可分一体の関係にある。
  • C教授の実験業務は、大学教授としての「公務」にあたる。
  • したがって、私的なコンサル料としての名目であっても、その実質には「公務である共同研究の受入れ・実施に対する謝礼(賄賂)」の趣旨が含まれる。

【高裁】判断を覆した3つのロジック(逆転無罪の理由)

大阪高裁は、一審の「並走しているから一体であり、すなわち賄賂である」という短絡的な見立てを厳しく批判し、以下の理由から無罪を導き出しました。

① 技術指導には「確かな実体」があり、報酬額も妥当であった

高裁は、支払われた技術指導料が「賄賂の隠れ蓑(架空のコンサル料)」ではないことを客観的事実から認定しました。

  • 実際、月に1回弱の頻度で勉強会や研究会が開催され、高度に専門的な課題について議論や指導が積み重ねられていた(指導の実体がある)。
  • 月額10万円を基礎に算定された金額は、前任の専門家(他大学教授)に支払っていた額と同等であり、常識的に見て過大とはいえない(金額の妥当性)。

② 「産学連携」の現実:大学での実験と私的コンサルが重なるのは通常のこと

ここが高裁判決の最も実務的なポイントです。高裁は、大学教授の調査研究という職務の特殊性と、国が進める「産学連携」の政策理念に言及しました。

  • 企業が教授個人の専門知識を頼って適法な技術指導を受けつつ、それに関連する実験を大学の設備を用いた「共同研究」として実施することは、産学連携として「至極通常のあり様」である。
  • 企業がデータ偽造などの「不正・不当な結果」を求めた事実は一切ない。
  • 単に「技術指導」と「大学での実験」が重なっており対価性があるように見えるからといって、直ちにそれを「違法で不正な報酬(賄賂)」とみなすことは許されない。

③ 企業側は教授の不正を知らない「犠牲者」である

企業側が「教授が大学に無届けで実験を行い、研究費を不正処理していること」を知っていたり、これに協力したりする意図は全く証拠上認められませんでした。 高裁は、甲社はただC教授の知名度と専門知識を頼りに製品開発の指導を依頼し、その費用を全額負担しただけであると認定。「甲社はC教授の不正に巻き込まれた犠牲者ということはいえても、賄賂を贈ったなどと評価される謂れはない」と断じました。

4. 判決の意義と実務への教訓

この判決は、大学教授による個人的なコンプライアンス違反や研究費の不正使用に民間企業が巻き込まれた際、企業側の正当なコンサルタント契約や産学連携の取り組みまでが不当に「贈収賄罪」として色眼鏡で見られることを防いだ、極めて健全な判断といえます。

実務家コラム:贈賄罪の立証の難易度

贈賄事件の立証が最も難しい理由は、「被害者のいない密室の犯罪」であり、お金の「名目と真意(対価性)」を見極めるハードルが極めて高いためです。

贈収賄罪は、渡した側と受け取った側の双方が処罰されるため、互いに口裏を合わせて徹底的に隠蔽を図ります。そのため、音声録音やメールなどの決定的な客観的証拠が残りにくく、事実の解明自体が困難を極めます。

さらに、お金の移動を証明できたとしても、それが「職務に対する不正な見返り(賄賂)」なのか、コンサル料や社交儀礼といった「正当な対価」なのかという「内心の意図(故意)」の証明が壁となります。今回の産学連携の事件のように、実体のある合法的なビジネス契約と重なっている場合、検察が「実は賄賂だ」と立証するのは至難の業なのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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