今回は、行政が管理するグラウンドで発生した痛ましい事故をめぐり、「行政(市)に損害賠償責任があるのか?」が問われた国家賠償法(国賠法)の裁判例(令和7年5月14日判決)を科学します。
子どもたちがグラウンドの隅に置かれていた重さ約600kgの「整地用ローラー」を動かして遊んでいたところ、下敷きになり両眼失明などの重傷を負うという重大事故。この事故に対し、裁判所は「市に賠償責任はない(原告の請求棄却)」という厳しい判決を下しました。
国家賠償法2条における「営造物の瑕疵(かし)」と「通常有すべき安全性」の判断基準について、実務的な視点から分かりやすく解説します!
| 事件名 | 損害賠償請求事件 |
|---|---|
| 裁判所 | 津地方裁判所 四日市支部 |
| 裁判年月日 | 令和7年1月29日 |
1. 事件の全貌:グラウンドの隅の「600kgのローラー」
まずは、本件訴訟の当事者と、事故発生の状況を整理します。
- 原告A: 事故当時、小学1年生(6歳)の女児。
- 原告B: 原告Aの母親。
- 被告: 三重県四日市市にある「本件グラウンド」を所有・管理する地方自治体(市)。
- 本件グラウンドの状況: 市が所有する行政財産であり、サッカーゴールやバックネット等が設置され、主に周辺住民に日常利用(グラウンドゴルフや子どもの遊び場)されていました。
- 本件整地ローラー: 重さ約600kgの手動式ローラー。グラウンドの隅に置かれており、ワイヤーや鍵などで固定はされていませんでした。
- 本件事故の発生: 令和元年5月26日、原告Aを含む子どもたち計6名(小学4年生〜幼稚園児)が、本件整地ローラーを引いたり押したりして転がして遊んでいたところ、原告Aが巻き込まれるように転倒し、頭部がローラーの下敷きになりました。
- 被害: 原告Aは頭蓋底骨折や顔面多発骨折などの重傷を負い、両眼を失明するなどの重い後遺障害が残りました。
原告らは、「市が危険なローラーを子どもたちが遊ぶグラウンドに固定せずに放置していたのは管理の落ち度(瑕疵)だ」として、市に対して国家賠償法2条1項に基づき、多額の損害賠償を求めて提訴しました。
| 時期・年月日 | 事件の経緯・事実関係(グラウンドとローラーの状況等) PDF | 裁判所の事実認定・法的評価(違法性のポイント) PDF |
| 昭和59年3月頃〜 平成14年頃 | ・被告(地方自治体・市)が地域改善対策事業として、市有地に「本件グラウンド」を整備・設置。 ・平成14年頃、事業の終了に伴い、地元自治会に日常的な管理(除草や整備等)を移管した。 | 【「公の営造物」に該当すると認定】 ・自治会に日常管理を委託したものの、修繕等は市が行っており、住民の一般利用という公の目的に供されていたため、国賠法2条1項の「公の営造物」に当たると判断された。 |
| 本件事故前の状況 (〜令和元年5月) | ・グラウンドは日常的にグランドゴルフや子どもの遊び場として利用されていた。 ・グラウンドの隅に、重量約600kgの手動式整地ローラー(直径約63cm・幅約100cm弱)が置かれており、ワイヤーや鍵などで固定はされていなかった。 | 【放置状態の安全性についての評価】 ・約600kgという重量や形状から、整地目的以外で動かそうとする動機は通常想定できず、長年事故が起きた実績もないことから、「通常有すべき安全性を欠いていなかった」と評価された。 |
| 令和元年5月26日 午後6時頃 (本件事故の発生) | ・原告A(当時6歳・小学1年生の女児)ら子ども計6名(小学4年生〜幼稚園児)が、本件整地ローラーを転がして遊んでいた。 ・引っ張り役・押し役で動かしていた際、原告Aがローラー部分に巻き上げられるようにして転倒し、頭部が約600kgのローラーの下敷きになった。 | 【「異常な利用(予測不可能性)」と認定】 ・年少者ら6名が集まり、相当の距離を、勢いよく転倒するほどの速度でローラーを転がして遊ぶことは、本来的用法から著しくかけ離れており、施設管理者が**「通常予測し得ない異常な利用方法」**であると断定された。 |
| 事故後の被害状況と 提訴 | ・原告Aは頭蓋底骨折や顔面多発骨折等の重傷を負い、両眼を失明、難聴などの重い後遺障害が残った。 ・原告ら(女児と母親)は、「危険なローラーを無施錠で放置した管理の欠陥(瑕疵)だ」として、市に対し国賠法2条1項に基づき多額の損害賠償を求めて提訴した。 | (※被害は極めて重大であるものの、管理の瑕疵があるかどうかの客観的な判断枠組みのもとで審理された。) |
| 【裁判所の結論】 令和7年5月14日 津地裁四日市支部判決 | ・グラウンドが「通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない(営造物の瑕疵なし)」として、原告らの請求をいずれも棄却。 ・自治体(市)の損害賠償責任は一切認められず、免責となった。 | 【司法の判断基準の確立】 ・管理者に求められる安全性とは「どんな異常な使い方をされても絶対に事故が起きない無菌状態」までは意味せず、想定外の異常利用による事故に対しては責任を負わないという厳格な法理が示された。 |
原告の主張の要旨
本件で原告らは、国賠法2条1項の要件に沿い以下を主張しました。
- 営造物性:市所有の本件グラウンドは公の営造物である。
- 設置・管理の瑕疵:危険を伴う整地ローラーを、子どもの遊び場に無施錠で長年放置していた。子どもが動かして事故が起きることは容易に予測・回避できたため、通常有すべき安全性を欠いていた。
- 損害と因果関係:本件事故により両眼失明等の重大な損害が生じた。
2. 法廷での激突:国賠法2条「営造物の瑕疵」とは何か?
国家賠償法2条1項は、国や公共団体が管理する「公の営造物(道路、河川、公園など)」の設置や管理に「瑕疵(かし=欠陥や不備)」があり、それが原因で他人に損害を与えた場合に賠償責任を負うと定めています。
この「瑕疵がある」とは、「その営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態」を指します。
本件では、固定されていない重いローラーがグラウンドに置かれていた状態が、この「安全性を欠く状態」に当たるかどうかが最大の争点となりました。
営造物に関する事故が「通常予測できたか」は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境、利用状況などの諸般の事情を総合考慮し、具体的・個別的に判断されます。
ポイントは、利用者が本来的用法と異なる「通常予測し得ない異常な利用方法」に及んだか否かです。用具の重量・形状から異常利用への動機が生じるか、過去の安全実績や大人の目線から客観的に予見可能だったかを厳格に吟味し、管理責任の限界を画定します。
| 争点 | 原告(被害者側)の主張 | 被告(市側)の主張 |
| ① 本件グラウンドは「公の営造物」か? | 市が所有・設置した行政財産であり、「公の営造物」に当たる。 | 平成14年以降は地元自治会に管理を移した私的利用の施設であり、「公の営造物」に当たらない。 |
| ② グラウンドは「安全性を欠いていた」か? | 子どもたちの遊び場に危険なローラーを長年放置・無施錠にしておけば、子どもが遊んで事故が起きることは容易に予測できた。事故後すぐに固定しており、回避は容易だった。 | グラウンドの予定された用法(スポーツ)で人身事故は発生し得ない。600kgのローラーを子ども6人で動かして遊ぶという通常予測し得ない異常な利用が原因であり、市に落ち度はない。 |
3. 裁判所のジャッジ:「異常な遊び方」に対する行政の責任限界
裁判所は、まず①の点について「本件グラウンドは市が直接に公の目的に供している有体物であり、『公の営造物』に該当する」と判断しました。(自治会に日常管理を委託しただけで、公共施設としての性質は失われていないとしました。)
しかし、最大の争点である②「通常有すべき安全性を欠いていたか」について、裁判所は「安全性を欠く状態ではなかった(市の責任は否定)」という結論を下しました。そのロジックは以下の通りです。
💡 裁判所が市の責任を否定した3つの理由
1. ローラーの「本来の用法」と逸脱へのハードル 本件整地ローラーは、スポーツ利用の後にグラウンドを整地する目的で使われるものです。グラウンドの隅に単体で置かれており、ワイヤーで固定されていなかったとはいえ、遊具のような子どもの興味を引く形状ではありません。さらに、約600kgという重量を考えれば、整地目的以外で動かそうとすることは通常想定されず、動かすこと自体の困難さから、危険を察知することも可能であったとされました。
2. 過去の実績と大人の認識 遅くとも平成23年以降、長期にわたって同じ状態で置かれていましたが、過去に子どもがローラーで遊んだり危険が生じた事象はありませんでした。また、日常的に子どもを遊ばせている親(大人の目)から見ても、子どもがローラーで遊ぶという危険性を認識したことはなかったと認定されました。
3. 本件事故の「異常性(通常予測し得ない利用)」 裁判所は、本件事故が「小学4年生〜幼稚園児の年少者6名が集まり、かなりの距離を、勢いよく転倒するほどの相当の速度で転がして遊ぶ」という態様で起きた点に着目しました。 子どもが思いもよらない行動に出ることはあり得るとしつつも、上記1、2の事情を考慮すれば、「幼児も含む年少者が集団で一体となって600kgのローラーを相当の速度で転がす遊びに及ぶことは、異常な遊び方として施設管理者が通常予測し得ないものである」と結論付けたのです。
【実務コラム】事故の補償を国家予算では賄うべきか?
国家賠償を認めるということは、国家予算で事故の補償を行うということです。これを踏まえると、安易に国家賠償を認めることはできません。
今回の判決は、被害の重大さに胸が痛む事案ではありますが、国家賠償法の実務においては極めてオーソドックスで冷徹な法理が貫かれています。
行政(管理者)に求められる「通常有すべき安全性」とは、「どんな異常な使い方をされても絶対に事故が起きないような無菌状態(完璧な安全)」までを保障するものではありません。
管理者が責任を負うのは、「社会通念上、通常予測される範囲の危険」に対して安全対策を怠った場合です。本件のように、過去に前例がなく、用具の重量や形状からしても想定外の「異常な遊び方」によって起きた事故については、たとえ結果が重大であっても、管理者(市)に法的責任を負わせることはできない、というのが裁判所の明確なメッセージです。
この判決は、公園や学校グラウンドなど、公共施設を管理する行政機関にとっては「予見不可能な異常利用まで責任を問われない」という防波堤になる一方で、利用者(特に小さな子どもを持つ保護者)にとっては、「公共施設にあるものでも、本来の用途と違う使い方をすれば守ってもらえない」という重い自己責任の原則を突きつける結果となりました。
【図解表】公園・広場等の管理をめぐる国家賠償事件の代表例と境界線
| 事件名・判決年 | 事故の概要(利用者の被害・状況) | 裁判所の法的ジャッジ(違法性のポイント・勝敗) |
| 児童遊園のブランコ鎖切断事件 (最高裁 昭和45年8月20日) | 【遊具の欠陥・老朽化】 児童遊園に設置されていたブランコの鎖が、腐食して老朽化していたために漕いでいる最中に切れ、児童が落下して負傷した事案。 | 【行政の責任を容認(原告勝訴)】 ・国賠法2条1項の「瑕疵(かし)」とは**「通常有すべき安全性を欠く状態」**であると初めて定義した歴史的リーディングケース。 ・行政側に過失や予算不足の言い訳があっても免責されない(無過失責任的性質)とし、賠償を命じた。 |
| 公園ゴミ捨て場の石灰投擲事件 (最高裁 昭和53年7月4日) | 【公園内の危険物放置】 児童公園のゴミ捨て場に、工事で余った「消石灰」が放置されていたところ、子どもたちがこれを投げ合って遊んでしまい、児童の目に当たって失明した事案。 | 【行政の責任を容認(原告勝訴)】 ・遊具そのものではなくても、子どもが遊ぶ公園内に危険物を放置しておくこと自体が、**「公園という営造物の設置・管理の瑕疵に当たる」**と判断し、賠償を認めた。 |
| テニスコート審判台転倒事件 (最高裁 平成5年3月30日) | 【利用者の異常な利用】 公園内のテニスコートで、利用者が移動式審判台の「背もたれ」部分に立ち上がって観戦していたところ、バランスを崩して審判台ごと転倒し負傷した事案。 | 【行政を免責(原告敗訴)】 ・審判台は本来の用法に従えば安全であり、「背もたれに立つ」という行為は**「通常予測し得ない異常な利用方法」**であると断定。 ・異常な利用による事故に対してまで行政は責任を負わないとした。 |
| 都市公園内の自然池での幼児溺死事件 (最高裁 平成5年11月16日等) | 【自然環境と安全柵の限界】 都市公園の内部にある池において、保護者の目を離れた幼児が誤って転落して溺死した事案で、「柵の高さや構造が不十分だ」と争われた。 | 【行政を免責(原告敗訴)】 ・公園の池は景観や自然との触れ合いも目的であり、誰もが絶対に落ちない「完璧な高い鉄柵」の設置までは求められないと判断。 ・幼児の危険回避は、第一次的には保護者(監護者)の注意義務に委ねられるべきであるとした。 |
| グラウンド整地ローラー失明事件 (津地裁四日市支部 令和7年5月14日) | 【放置用具と異常利用】 広場の隅に置かれていた重量600kgの整地用ローラーを、子ども6人が引いたり押したりして転がして遊んでいたところ、女児が巻き込まれて転倒し両眼失明等した事案。 | 【行政を免責(原告敗訴)】 ・600kgの重量からして整地目的以外の利用は想定できず、無施錠でも安全性を欠いていないと判断。 ・年少者が集団で高速で転がす遊び方は**「通常予測し得ない異常な利用」**であり責任はないとされた。 |


