新型コロナウイルス対策として支給された「持続化給付金」を巡って多数の逮捕者が出ましたが、本件は専門家である税理士が「詐欺の指南役」として起訴されながらも、裁判所が詐欺の「故意」を否定し無罪とした注目すべき事例です。判決文から、どのような事実認定が行われたのかを紐解きます。
| 事件名 | 詐欺被告事件 |
|---|---|
| 裁判所 | 札幌地方裁判所 |
| 裁判年月日 | 令和5年4月21日 |
事件の概要
本件は、税理士である被告人が、メンズパブの経営者やホストらと共謀し、令和2年6月、ホスト4名分の持続化給付金合計400万円をだまし取ったとして起訴された事件です 。
基本的な事実関係のタイムライン
| 時期 | 客観的事実・他者の行動 | 被告人(税理士)の行動と認識 |
| 令和2年(2020年) 5月頃 | 持続化給付金の制度が開始(5月9日)。 | 知人のXに対し、未申告のホステス等に確定申告を指南し、給付金申請をサポートするスキーム(手数料15万円)を提案する 。 被告人→Xに提案 |
| 同年5月中 | メンズパブ経営者のAが、Xに「4月は休業してホストの報酬が半減した。給付対象になるか」と相談する 。 | 当時の繁華街の閑散とした状況から、「店が休業した」「ホストの売上が半減した」という話を真実だと信じ込む 。 |
| 同年5月26日 | Xがメンズパブの事務所に赴くが、ホストらが酔っ払っており説明を断念する 。 | (この場には同席していない) |
| 同年6月3日 (本件説明会) | メンズパブの店舗にホスト約15名が集まる 。 | Xらと共に店舗へ出向き、ホストらに**「確定申告書」の作成方法のみを指南する**(※この日は売上台帳の作成などは行っていない) 。 |
| 同年6月4日 (申請当日) | 再度集まったホストらが、Xらの指導を受けながらスマホで「持続化給付金の申請手続」を行い、虚偽の売上台帳を送信する 。 | 別の案件の説明会に入っており、店舗には参集しておらず不在 。売上台帳の作成にも関与していない 。 |
| 申請後 | ホストらに各100万円が振り込まれ、Aを通じてXらに手数料が支払われる 。 | Xから自身の取り分として約70万円を受け取る 。 |
【持続化給付金の給付条件】
①事業の実績と継続意思 令和元年(2019年)以前から事業によって事業収入を得ており、今後も事業を継続する意思があること 。
②個人事業者(事業所得者)であること 所得税法上の事業所得に係る事業を営んでいること 。
③事業収入の半減(50%以上の減少) 令和2年(2020年)1月以降、新型コロナウイルス感染症拡大の影響等により、前年同月比で事業収入が50%以上減少した月が存在すること 。
持続化給付金詐欺事件における検察官と弁護側の主張の対立
本件は、税理士という専門家が「どこまで実態を把握し、どこまで意図的に不正に加担したのか」という【故意(だます意図)の有無】が最大の焦点となりました。
| 争点(法廷での議論の的) | 検察官の主張(有罪!) | 弁護側(被告人)の主張・裁判所の認定(無罪!) |
| 1. ホストの稼働実態 (個人事業主か、給与所得者か) | 【ホストは従業員(給与所得者)である】 ホストらは固定給や店全体の売上に応じた報酬を受け取り、遅刻・早退には罰金があるなど時間的拘束や指揮命令下にあった 。前年の決算でも「給料手当」として処理されており、被告人は従業員だと認識していたはずだ 。 | 【ホストは個人事業者(外注)である】 営業のための遅刻や中抜けは許容されており、客への誕生日祝い等の経費は自己負担だった 。昼の事務員と違い社会保険にも未加入であった 。実態に合わせて給与から外注へ切り替えることは税務上問題ないと認識していた 。 |
| 2. 確定申告書の虚偽性 (経費計上はずさんか) | 【経費計上はでたらめで虚偽である】 収支内訳書の作成において、領収書等の証拠も確認せず、家事按分も考慮せず、事業に必要な経費かの確認もせずに計上している 。稼働実態を全く意に介していない証拠である 。 | 【不当な税務処理ではない】 白色申告において、領収書等を保存していない事業者から口頭で経費を聞き取って計上すること自体は、不当な税務処理とは言えない 。支給要件を満たさないと判断した者は申請から除外しており、実態を意に介していなかったわけではない 。 |
| 3. 売上台帳の虚偽性 (売上半減を認識していたか) | 【虚偽の売上台帳を指導した】 ホスト(D)は「6月3日に被告人に言われて売上台帳に記載した」と証言しており、被告人は売上が半減したという記載がでたらめ(虚偽)だと認識していた 。 | 【虚偽だとは認識していない】 Dの証言は他の関係者の証言(6月3日には台帳のひな型すら渡していない等)と矛盾し信用できない 。被告人は経営者から「4月は休業したため売上が半分以下になった」と相談されており、当時の状況から店が休業したと信じていた 。 |
| 4. スキームの悪質性と 詐欺の故意 | 【詐欺の「未必の故意」がある】 1週間で500人を捌くことを目標とし、マニュアルにも当然に100万円支払われる前提の記載がある 。申請者が支給要件を満たすかどうかなど全く気にしておらず、少なくとも詐欺の未必の故意があった 。 | 【正当な業務であり故意はない】 源泉徴収票を持つ運転手や、支給要件を満たさない昼の事務スタッフなどは明確にスキームから除外しており、要件を気にしていなかったわけではない 。短期間で多人数を捌こうとするのは手数料ビジネスとして当然であり、詐欺の意思は推認できない 。 |
詐欺罪(刑法第246条)が成立するためには、法律上定められた複数の要件(ステップ)をすべて順番に満たす必要があります。また、犯罪が成立するための大前提として、犯人の心の中に「故意(だます意図)」が存在していなければなりません。
詐欺罪の成立要件(一連のプロセス)
詐欺罪は、以下の「1〜4」が因果関係(一つの線)で繋がっていること、そして犯人に「5. 故意・不法領得の意思」がある場合にのみ成立します。
| 成立要件(ステップ) | 意味・内容 | 具体例(オレオレ詐欺の場合) |
| 1. 欺罔(ぎもう)行為 | 相手をだます行為(財産を渡させるための重要な嘘をつくこと)。 | 「俺だけど、会社のお金をなくしてしまって…」と嘘の電話をかける。 |
| 2. 錯誤(さくご) | だまされた相手が、嘘を真実だと信じ込んでしまうこと。 | 電話を受けた親が「息子がピンチでお金が必要だ!」と完全に信じ込む。 |
| 3. 交付(処分)行為 | 勘違いしたまま、自分の意思で財産を相手に渡してしまうこと。 | 親が自らATMを操作して指定口座に振り込む、または受け子に現金を直接手渡す。 |
| 4. 財産の移転 | 犯人(または第三者)の手に財産が移り、被害者に損害が生じること。 | 詐欺グループが現金を手に入れる。 |
| 5. 故意・不法領得の意思 | 「他人をだまして、その財産を自分のものにしよう」という内心の意思。 | ※以下の【図解2】で詳しく解説します。 |
※もし、「嘘をついた(1)」が「相手が嘘を見破った(2を満たさない)」ものの、「かわいそうだからお金をあげた(3)」という場合、因果関係が途切れるため詐欺罪(既遂)は成立せず、詐欺未遂罪にとどまります。
詐欺罪における「故意」の具体例と境界線
これまでの裁判例の解説でも最大の争点となっていたのが、この「故意」の有無です。法律上の「故意」には、明確な悪意だけでなく、「かもしれないが、構わない」という「未必(みひつ)の故意」も含まれます。
| 心理状態(故意の種類) | 頭の中の認識 | 具体例(給付金詐欺や名義貸し等の場合) | 詐欺罪の成否 |
| 確定的故意 (明確な悪意) | 「確実にだまして、お金を取ってやろう」という確信。 | 「この人は給付要件を満たしていないが、嘘の売上台帳を偽造して、国から100万円をだまし取ろう」 | 成立する (有罪) |
| 未必(みひつ)の故意 (容認) | 「嘘かもしれない(だますことになるかもしれない)が、それでも構わない」という容認。 | 「この書類、数字がでたらめで詐欺になるかもしれないな…。まあ、自分の手数料が入るから嘘でもいっか」 | 成立する (有罪) |
| 認識なき過失 (故意なし) | 「全く嘘だとは思わなかった、適法だと信じ切っていた」という状態。 | 「経営者から『休業で売上が減った』と聞き、当時の状況からも真実だと完全に信じ込んで書類作成を手伝った」 | 成立しない (無罪) |
💡 まとめ:刑事裁判における故意の立証
裁判において、被告人が「だますつもりはなかった(故意はなかった)」と主張した場合、裁判官は被告人の「心の中」を直接見ることはできません。
そのため、検察官は「客観的な事実(不自然に高額な報酬を受け取っている、嘘の書類だと気づける状況にあった等)」をパズルのように組み合わせ、「誰がどう考えても、だましていること(あるいは詐欺に加担していること)に気づいていたはずだ」と証明する必要があります。この証明が不十分(合理的な疑いが残る状態)であれば、故意は認定されず「無罪」となります。
以上を踏まえて、裁判所の見解をみていきましょう。
裁判所の判断ポイント
裁判所は、ホストらが提出した売上台帳の数値(売上が50%以上減少したという点)が虚偽であったという客観的事実は認定しました 。しかし、「被告人がその虚偽を認識していたか」という点について、合理的な疑いが残るとして無罪と判断しました 。
- ホストらの売上台帳は虚偽である。
- しかし、被告人がこれを認識していたとはいえない。
その主な理由は以下の3点です。
1. 売上台帳が「虚偽」であると認識していたか?
- ホストの一人は法廷で「税理士に言われて売上台帳に記載した」と証言しましたが、他の関係者の証言(「その日には台帳のひな型すら渡していない」等)と食い違い、信用性に欠けると判断されました 。
- 被告人は、経営者側から「緊急事態宣言中は休業しており、売上が半分以下になった」と相談を受けており、当時の社会状況に照らして休業を信じたことは不合理ではないとされました 。
2. ホストは「給与所得者」か「個人事業者」か?
検察側は、ホストは固定給や時間的拘束がある「給与所得者」だと主張しましたが、裁判所は以下の点から「個人事業者」として扱う余地があると判断しました 。
- 遅刻や中抜けなど営業活動のための離脱が許容されており、時間的拘束性は強くない 。
- 客へのプレゼントなど営業活動にかかる費用はホストの自己負担であった 。
- 昼の事務員が社会保険に加入している一方で、ホストらは未加入であった 。
- 稼働実態に合わせて、前年の「給与」処理から当期は「外注(個人事業者)」に切り替えるという被告人の考えには一応の合理性がある 。
3. 持続化給付金スキーム自体の悪質性
検察側は、被告人が支給要件を満たすかどうかを意に介さず、誰でも無差別に申請させて手数料を取ろうとしていた(少なくとも未必の故意があった)と主張しました 。
- しかし実際の申請手続きの現場では、明らかに「給与所得者」である昼の事務員や、源泉徴収票を持つ運転手などは、申請の対象から明確に除外されていました 。
- 持続化給付金の支給要件を満たすかどうかを全く気にしていなかったとは認められないと判断されました 。
結論
裁判所は、ホストの申請内容に一部虚偽はあったものの、税理士である被告人がそれを「虚偽である」と確定的に、あるいは未必的に認識していた(詐欺の故意があった)と認めるには合理的な疑いが残ると結論づけ、無罪を言い渡しました 。
実態が曖昧になりがちな夜の街の職業(ホスト等)における「個人事業者」の該当性や、専門家がどこまで実態を把握し得るかという点において、刑事裁判における「故意の立証」の難しさを示す判例と言えます。
【実務家コラム】詐欺罪の立証は非常に難しい!
詐欺罪の立証が最も難しいのは、「行為の時点での『だます意図(故意)』」の証明です。
実際の刑事裁判において、裁判所がどのような「客観的な事実」をもとに故意の有無を判断しているのか。よくあるトラブルの類型ごとに、故意が【認められるケース(犯罪)】と【否定されるケース(民事トラブル等)】を比較表にまとめました。
【図解】詐欺罪の「故意」が認められるケース・否定されるケース
| トラブルの類型 | 故意が【認められる】ケース(詐欺罪が成立・有罪!) | 故意が【否定される】ケース(詐欺罪は不成立・無罪や民事事件) |
| 1. お金の貸し借り (借金) | 【最初から返すアテがない】 お金を借りる時点で既に多額の借金があり、収入もなく、「客観的に絶対に返済不可能な状態」だったのに、「来月ボーナスが入るから返す」と嘘をついて借りた。 | 【後から予測不能な事態が起きた】 借りる時点では安定した収入や具体的な返済計画があり、返す意思もあった。しかし、その後に突然リストラされたり会社が倒産したりして、結果的に返せなくなった。(※単なる債務不履行) |
| 2. フリマアプリや ネットオークション | 【最初から送る気がない】 手元に商品が全くないのに、ネット上の画像を無断転載して出品し、落札者に代金を振り込ませた。 | 【発送手続き中のトラブル】 商品は手元にあり、本当に発送するつもりで代金を受け取った。しかし、梱包中に商品を破損してしまい、パニックになって連絡を絶ってしまった。 |
| 3. 仕事の受注・契約 (リフォーム工事など) | 【着手する気も能力もない】 工事をするための資格も機材も職人も手配していないのに、「すぐに工事を始めます」と嘘をついて前金だけを受け取り、そのまま逃亡した。 | 【能力不足や経営悪化】 工事を完成させるつもりで前金を受け取り、実際に材料も発注したが、想定以上に工事が難航したり、急な資金繰りの悪化で途中で工事を投げ出してしまった。 |
| 4. 飲食店の利用 (無銭飲食) | 【最初から払う気がない】 入店する時点で財布を持っていなかった(または絶対に払う気がなかった)のに、普通の客のふりをして料理を注文し、飲食した。 | 【食後に財布がないことに気づいた】 入店時は財布があると思って注文したが、食後にカバンを見たら財布を忘れていたことに気づいた。※その後、店員に「お金を取ってくる」と嘘をついて逃げた場合は「2項詐欺(支払いを免れる詐欺)」になる可能性がありますが、最初の飲食行為自体への詐欺罪は否定されます。 |
| 5. 犯罪への加担 (名義貸し・口座譲渡) | 【犯罪利用を容認している】 相手の素性が怪しく、「詐欺に使われるかもしれない」と疑っていたが、「高額な報酬がもらえるなら犯罪でも構わない(未必の故意)」と受け入れて口座や名義を提供した。 | 【完全に騙されていた】 相手の手口が巧妙であり、合法的なビジネスだと完全に信じ込まされていた。客観的に見ても、素人が嘘を見抜くのは不可能であった。(※前回の税理士の事件に近いケース) |
💡 刑事裁判のプロの視点:故意の判断は「行為の瞬間」で決まる
この表から分かる重要なポイントは、詐欺罪の故意は「お金や物を受け取る(またはサービスを受ける)その瞬間の頭の中」で判断されるということです。
- お金を受け取った瞬間に「だます意図」があった = 詐欺罪(刑事事件・警察が介入できる)
- お金を受け取った瞬間は「本気」だったが、後からダメになった = 債務不履行(民事事件・警察は「民事不介入」で原則動けない)
加害者が「返すつもりだった」「やるつもりだった」と言い張る場合、警察や検察は「いや、当時のあなたの銀行口座の残高や、事前のLINEのやり取りを見れば、絶対に返すつもりがなかったことは明らかですよね」と、客観的な証拠で加害者の言い訳を封じ込めることになります。この証拠集めこそが、詐欺事件の捜査において最も難しく、かつ重要なプロセスなのです。


