【校内暴力で保護者が賠償命令】でも休み時間だから学校の監督責任はありません。裁判所のロジック解析

国家賠償×裁判

小学校の教室で、わずか「5分間の休み時間」に発生した一方的な暴力により、被害児童はPTSDや「心因性視力障害(視野の一部欠損)」という重いトラウマを負いました。
被害者側は、加害児童の両親と学校を設置する自治体(区)に対して約950万円の損害賠償を請求。

法廷では、「いじめの境界線」や「正当防衛の成否」、そして「学校(担任)は見守り義務を怠ったのか」が激しく争われました。

裁判所が下した結論は、「加害児童の両親には約290万円の賠償を命じる一方で、自治体(学校)の責任はゼロ(請求棄却)」という厳格な仕分けでした。なぜ学校の責任は問われず、親だけに巨額の賠償が命じられたのか?判決文から読み取れる事実関係と法的なロジックを分かりやすく解説します!

事件名①加害児童の両親にする民法714条1項に基づく監督義務違反による賠償請求
②学校(自治体)に対する国家賠償請求
裁判所東京地方裁判所
裁判年月日令和7年12月22日
結果①一部認容
②棄却

1. 事件の全貌と「5分間の暴行」の全容

まずは、本件訴訟の当事者と事件の基本経過を整理します。

  • 原告(被害児童): 令和2年9月当時、C区立D小学校の5年生(10歳)。
  • 被告A及びB(加害児童Eの父母): 原告と同クラスだった加害児童の両親。
  • 被告C区(自治体): 小学校を設置・運営する地方公共団体。

教室後方で起きた執拗な暴力

事件は、令和2年9月10日の「5時間目と6時間目の間の5分休み」に教室で発生しました。

以前から「ボクシングのまねごと」として一方的に手足を出していた加害児童Eは、休み時間に原告の肩を叩き、嫌がって教室後方へ逃げた原告を追いかけて以下の暴行を加えました。

  • 向かい合った状態で原告の顔面を3回以上殴打し、眼鏡の上から左眼付近に拳を当ててフレームを歪ませた。
  • 太もも辺りを蹴り、足をかけて原告を床に転倒させた。
  • 転倒した原告の背中に座って臀部で跳ね、原告を背中側から押さえつけた。
  • 原告が払いのけて立ち上がろうと手をついた際、さらに左首付近を蹴り付けた。

原告はこの事件によって顔面打撲を負っただけでなく、心身に多大な負荷がかかり、PTSD、身体表現性障害、そして視野の真ん中が白く抜けて見えづらくなる「心因性視力障害」との診断を受けました

2. 法廷での対立:原告 vs 加害者の親 vs 学校

この事件に対し、3者が法廷でどのように主張をぶつけ合ったのか、争点の対比表を作成しました。

争点(論点)原告(被害児童・父母)の主張被告A・B(加害児の親)の主張被告C区(学校・自治体)の主張
1. 暴行の事実と
正当防衛の成否
【一方的で執拗な暴行だ】
・逃げる原告を追い回し、顔面殴打や転倒させた背中で跳ねる等の危険で違法な暴行を加えた。
【原告が先に股間を蹴った(正当防衛)】
・原告から「人生負け組だ」と侮辱され、股間を強く蹴られたため、反撃として足を引っ掛けた。正当防衛または過剰防衛である。
【いじめ対策委員会の認定に概ね一致】
・区のいじめ問題対策委員会が認定した事実関係(殴打や蹴り、背中で跳ねる等)と概ね一致することは認める。
2. 親の監督責任
(民法714条)
【親の監督義務違反は明らか】
・加害児童Eは10歳で責任無能力であるため、監督義務者である両親が損害賠償責任を負うべきである。
【学校内での事故であり責任はない】
・親としての監督義務は尽くしており、親の手の届かない学校内での事故についてまで責任は負わない。
(※自治体に対する請求とは直接の争点外)
3. 学校・担任の
義務違反(国賠法)
【担任は見守り義務を怠った】
・担任教諭(G)は度重なる暴行に気付くことができず、また校長らも危険性を予見・防止すべき義務を怠った。
(※親に対する請求とは直接の争点外)【5分休みの監視や予見は不可能】
・5分間の休み時間に常時監視する義務はない。教室後方の物音に気付くことは困難であり、顔面への暴行を予見・回避することは不可能だった。

3. 裁判所の判断

ジャッジ①:加害者の親の完敗と「正当防衛」の排斥

裁判所は、加害児童の両親(被告A及びB)の主張を徹底的に退け、連帯して290万8,446円を支払う義務があると断定しました。

「原告が先に股間を蹴ったから正当防衛」という言い訳を却下

両親は「原告に股間を蹴られた反撃だった」と主張しましたが、裁判所は以下の理由から正当防衛を一切認めませんでした。

  • 本件暴行の前から行われていた「ボクシングのまねごと」は、常に加害児童Eの方から開始されていた。
  • 事件当日も、Eが原告の肩を叩いたことが契機となっており、一連の暴行は専らEにより開始・継続されたものである。
  • 顔面を殴り、転倒させた背中に座って跳ねるという行為は「危険性の高い執拗な一方的暴行」であり、仮に被害児童が抵抗して蹴るなどの行為をしたとしても、それは「防御活動の域を出ない」と判断されました。また、被害児童側の過失相殺(過失割合の減額)もゼロとされました。

10歳児のいじめは「親の監督責任」

事件当時、加害児童Eは10歳(小学5年生)であり、法律上の責任能力(自己の行為の責任を弁識する知能)を備えていなかったと認定されました。そのため、民法714条1項に基づき、監督義務者である両親が「監督義務を怠らなかったという的確な証拠がない限り、全損害を賠償する責任を負う」ことが厳格に示されたのです。

ジャッジ②:なぜ学校の賠償責任は「ゼロ」になったのか?

親には厳しい判決が下った一方で、学校を設置する「被告C区の責任は一切認められない(請求棄却)」という結果となりました。学校で起きた事件にもかかわらず、なぜ担任教諭(G)の安全配慮義務違反(国賠法1条1項)は否定されたのでしょうか?

裁判所が学校側を「無過失(合法)」と判断した最大の決め手は、以下の3つの実務的事実にありました。

  1. 被害児童が一度も担任や親に「報告・相談」をしていなかった:事件前の9月8日から10日にかけて複数回の身体的接触があったものの、原告は担任教諭(G)や両親に対して、これらの一連の出来事を一度も報告していませんでした
  2. 「3日間」という短期間と「休み時間の教室」という死角:トラブルが集中したのはわずか3日間という極めて短い期間であり、しかも多くは「休み時間の教室」で行われました。教室内には多数の児童がおり、わずか5分間等の短い休み時間に、担任が特定の児童間の突発的な身体接触を常に注視・把握することは現実的に困難であると認められました。
  3. 客観的な「予見可能性」がなかった:加害児童が以前から他の児童に危害を加える危険人物だったという客観的証拠はなく、担任が「特段の警戒措置や見守りをしなければならない義務」を負っていたとはいえないと判断されました。

裁判所は「被害の申告が一切なく、短時間の休み時間に起きた突発的なトラブルまで担任教諭が認識・阻止することは不可能である」として、学校側の公務員としての過失を完全に否定したのです。

5. 【損害額の認定】心因性視力障害に「後遺障害と逸失利益」を認定!

本判決のもう一つの大きな注目点は、いじめのトラウマによる「心因性の視力障害(視野の一部欠損)」に対して、交通事故と同様の「後遺障害慰謝料」と「将来の逸失利益(労働能力喪失による損害)」を認めたことです。

裁判所が認容した合計290万8,446円(及び利息)の内訳は以下の通りです。

損害項目認容された金額裁判所の判断理由・計算ロジック
治療費・通院交通費等合計 34,560円
(治療18,906円+交通8,050円+書類開示6,040円+郵便1,564円)
眼科、小児科、心療内科等への通院歴(合計21回)と証拠保全のための各種実費を因果関係のある損害と認定。
傷害(通院)慰謝料50万円通院期間・回数や、暴行が執拗かつ「故意」による悪質なものであったことを総合考慮。
後遺障害慰謝料110万円器質的(肉体的)な眼球の異常はなかったが、暴行直後から一貫して視野欠損を訴え、PTSDや心因性視力障害の診断に不合理な点はないと判断。後遺障害等級14級9号(局部に神経症状を残すもの)に相当すると認定。
後遺障害逸失利益
(将来の収入減少損害)
100万9,482円視野欠損により労働能力の**「5%」**を喪失したと認定。ただし「時間の経過や成長により改善する可能性が十分にある」として、労働能力喪失期間は「就労を開始する18歳から5年間(23歳まで)」に限定して計算。
(計算式:平均賃金5,584,500円×5%×ライプニッツ係数3.6153)
弁護士費用26万4,404円上記損害合計額(264万4,042円)の1割相当額を、加害行為と因果関係のある弁護士費用として認容。

【実務コラム】証拠を作る

学校という「密室」で起こるトラブルは、「目撃者が同じクラスの未成年者ばかり」「暴力による怪我か遊びの延長かが曖昧」「心の傷(PTSDや心因性障害)は目に見えない」といった理由から、民事裁判の中で最も事実の証明(立証)が難しいジャンルの一つと言われています。

【図解表1】原告側(被害児童・保護者)が提出すべき証拠リスト

被害者側が損害賠償を請求するためには、①違法な加害行為があったこと(不法行為の成立)②精神的・身体的な損害が生じたこと(結果と因果関係)、③実費の支出(経済的損害)という3つの柱をすべて証拠で証明しなければなりません。

立証の目的・テーマ提出する主な証拠の種類本件訴訟における実際の証拠(甲号証)と法廷での役割
1. 暴行・いじめの事実と
一方的・違法性の立証
・いじめ問題対策委員会の調査報告書
・学校や教育委員会の聞き取り・アンケート結果
・被害児本人・保護者の陳述書および法廷での証言
・同級生(目撃者)の証言録取書や陳述書
・事件直後に記した時系列メモ・日記
・破損した持ち物(歪んだ眼鏡や衣服)の現物・写真
【第三者委員会の調査報告書(甲2)が最強の武器に】
・本件では、区の「いじめ問題対策委員会」が作成した調査報告書(甲2)が提出されました。弁護士や大学教授など第三者の専門家が聞き取りやアンケートを経てまとめた結果は極めて信用性が高いと評価され、「向かい合って顔を殴打した」「背中に乗って跳ねた」等の事実認定の最大の根拠となりました。
・また、原告本人の法廷での証言や陳述書(甲29)、他の同級生の供述書(甲26の1及び2)がこれを補強しました。
2. 傷害・PTSD・
後遺障害と因果関係の立証
・医師の診断書・診療録(カルテ)
・後遺障害診断書
・通院履歴(お薬手帳、リハビリ記録等)
・学校の欠席日数・保健室の利用記録
【事故直後からの「一貫したカルテの記録」が決定打】
・本件の最大の難所は、眼球に傷がない「心因性視力障害(心の問題による視野欠損)」が暴行によるものかという点でした。
・原告側は、事件翌日から通院した複数の病院(眼科・小児科・心療内科:I眼科、J病院、Kクリニック等)の診断書や診療記録(甲3、4、9、14、15等)を提出。
・裁判所は**「事件直後から一貫して『左眼が見えづらい・白く抜ける』と症状を訴え続けていたカルテ記録」**を重視し、PTSDや心因性視力障害の後遺障害(14級9号相当)との因果関係を全面的に認めました。
3. 経済的損害
(実費・費用)の立証
・診療費明細書・領収書
・通院交通費の記録(パーキング領収書、タクシー代等)
・情報開示請求費用・内容証明等の実費領収書
【1円単位の実費まで領収書を網羅】
・通院費の領収書(甲6〜8)で治療費18,906円を立証。
・駐車場代の領収書(甲10、11)で交通費8,050円を立証。
・区への調査結果開示請求費用(甲12:6,040円)や弁護士への書類郵送費用(甲13:1,564円)など、裁判準備のために支出した実費も領収書で立証し、因果関係のある損害として認められました。

【図解表2】被告側(加害児の父母・自治体/学校)が提出する証拠

被告側は、原告の請求を退けたり(免責)、賠償額を減額(過失相殺など)させるための防衛証拠を提出します。

主張する立場・テーマ提出する主な証拠の種類本件訴訟における実際の証拠と裁判所の判断
1. 加害児童の親側
(被告A・B)の防衛証拠
(※正当防衛・監督義務履行)
・加害児童本人の陳述書および法廷証言
・有利な証言をする他の児童の供述書
・家庭内でのしつけ・教育・監督状況を示す記録(日記や指導のメモ等)
【加害児の証言は客観的証拠に反し排斥】
・親側は「原告に侮辱され股間を蹴られた反撃だ(正当防衛・過剰防衛)」と主張し、加害児童E本人の陳述書(丙7)や法廷での証言(証人E)を提出しました。
・しかし、裁判所は**「いじめ対策委員会の客観的な調査報告書や他の児童の供述と矛盾する」としてこの証言を採用せず、正当防衛の主張を排斥しました。
・また、「監督義務を怠っていない」との主張も、それを裏付ける的確な証拠(平時のしつけや監督の客観的証拠)が提出されなかった**ため認められませんでした。
2. 学校・自治体側
(被告C区)の防衛証拠
(※予見不可能・無過失の立証)
・学校の業務日誌・学級指導台帳
・児童指導記録・過去のトラブル報告書
・担任教諭(G)および校長(H)の陳述書・業務記録
・保護者との面談・面会・電話相談の記録
【「事件前に相談や報告を受けた記録が一切ないこと」が免責の決め手に】
・学校側は、「たった5分間の休み時間に、広大な教室内での突発的トラブルまで常時監視することは不可能」と反論しました。
・裁判所が学校(担任や校長)の責任を「ゼロ(無罪)」とした最大の決定打は、**「事件前の9月8〜9日にトラブルがあった際にも、被害児童や保護者から担任に対して相談や報告がなされた記録(証拠)が一切なかったこと」**です。被害の申告という証拠がなかったため、「学校側が暴行を予見して防ぐ注意義務は生じていなかった」と判断されました。

💡 法律・裁判のプロが分析する「本件の勝敗を分けた3つの決定打」

今回の訴訟の証拠構造を分析すると、今後いじめや学校事故で裁判を戦う上で絶対に知っておくべき「実務上の鉄則」が見えてきます。

① 第三者委員会(いじめ問題対策委員会)の「調査報告書(甲2)」の絶大な証拠価値

学校内の事件は、双方の子どもの言い分が食い違う(「そっちが先にやった」などと争う)ことがほぼ100%です。

本件で被害者側が勝訴できた最大の理由は、弁護士や大学教授などの専門家が第三者の立場で作成した「いじめ問題対策委員会の調査報告書(甲2)」が存在したことです。裁判官は判決文の中で、「第三者の専門家が客観的に調査・認定した結果は、その根幹において信用できる」と明言し、加害児側の言い訳を完全に封じ込めました。学校で重大事態が発生した際、保護者が教育委員会や自治体に対して「第三者委員会による公正な調査と報告書の作成」を強く求めることが、後々の裁判で最強の証拠になります。

② 「心のトラウマ(心因性障害)」を証明した、暴行翌日からの「一貫したカルテ」

眼球に傷がないのに視野が欠損する「心因性視力障害」は、加害者側から「気のせいだ」「嘘をついている」「いじめとの因果関係はない」と最も反論されやすいポイントです。

これを覆したのが、「暴行の翌日(9月11日)から、眼科、小児科、心療内科などの複数科で、一貫して『左目が見えづらい・白く抜ける』と症状を訴え続けていた医療記録の存在でした。裁判所は、「精神的な負荷で心因性障害が生じることは医学的に不自然ではなく、初期から一貫して症状がカルテに記録されている」として、後遺障害等級(14級9号相当)と100万円を超える逸失利益の認定へと導きました。事故直後からの早期受診と、「毎回医師に正確に症状を伝えてカルテに残してもらうこと」がいかに重要かを示しています。

③ 学校側が勝訴し、被害者が自治体に敗訴した最大の理由=「通知・記録の不在」

原告側は「担任が見守り義務を怠った」として学校の責任を追及しましたが、結果は請求棄却(敗訴)でした。

理由はシンプルで、「事件が起きるまでの間に、子どもからも保護者からも『いじめや暴力がある』と担任に伝えた証拠(連絡帳のメモ、面談記録、メールなど)が一つも存在しなかったから」です。

裁判のプロの視点から言えば、もし事件前日の段階で、保護者が担任に「相手の子から嫌がらせを受けているので注視してください」と連絡帳に書いていて、その「写真やコピー(証拠)」が法廷に提出されていれば、学校側の「予見できなかった(無過失)」という防衛線は崩れ、自治体にも賠償責任が認められていた可能性が十分にあります。

「異変を感じたら、すぐに病院でカルテという証拠を作る」「学校に対しては、口頭だけでなく書面やメール(形に残る証拠)で相談を入れる」。この実務的な証拠保全こそが、愛する我が子と家庭の権利を守る最強の盾となるのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

弁護士町田北斗をフォローする
国家賠償×裁判