裁判官が自ら実験!ネパール人男性が留置場で急死事件で警察の違法拘束を裁いた高等裁判所の正義

国家賠償×裁判

今回は、警察署の留置施設で「戒具(ベルト手錠や捕縄)」により約2時間拘束されたネパール人男性が取調べ中に急死した事件について、東京高等裁判所で言い渡された衝撃の逆転判決(令和7年11月19日判決)を徹底科学します!

実はこの事件、第一審(東京地裁)では東京都に対して「約100万円」しか賠償が認められませんでした。しかし、今回の控訴審(東京高裁)では、なんと約39倍となる「約3,940万円」への超大逆転増額が命じられたのです!

なぜ賠償額がこれほどまでに跳ね上がったのか? そして、裁判所はいかにして密室(留置施設)での「締め付けすぎによる死のロジック」を突き止めたのか? 判決文の奥底にある法的なドラマと実務上の重要ポイントを、分かりやすく記事にまとめました!

事件名ネパール人男性の留置施設内における戒具使用等による死亡に基づく損害賠償請求控訴事件
裁判所東京高等裁判所
裁判年月日令和7年11月19日
結果一部認容(3940万円)

事件の全貌:留置施設から取調室へと続く「死のタイムライン」

  • 亡くなったA氏: 在留資格「技能」で来日し、調理師として働いていたネパール国籍の男性(当時39歳)。
  • 一審原告(遺族): A氏の妻(ネパール国籍)。
  • 一審被告: ①東京都(B警察署の「留置担当官」を管理)および ②国(東京地方検察庁の「検取事務官」を管理)。

【事件経過の要約】

  1. 保護室収容と戒具装着: A氏は逮捕後、警察署の保護室に収容されましたが、外に出ようと扉や壁に体をぶつけるなどしたため、留置担当官らによって「ベルト手錠」「捕縄(ほじょう)」「新型捕縄」という3種類の戒具で両手・腰・両膝・足首を強く拘束されました。
  2. 4回にわたる「締め直し」: A氏が体を動かして戒具を外そうとしたため、4名がかりで押さえつけ、合計4回にわたり戒具をさらに強く締め直しました。拘束時間はベルト手錠と膝で約2時間、足首で約4時間に及びました。
  3. 検察庁への護送と心停止: 午前9時頃に手錠を外された際、A氏の手首からは先は「赤黒く膨脹」していました。その後、東京地検に護送されて取調べを受けましたが、午前11時34分頃に突如意識を失い、心停止となって死亡しました。

遺族は、「留置担当官が強く縛りすぎた(血液循環阻害防止義務違反)」、そして「検取事務官が腫れ上がった手を見て病院に搬送しなかった(病院搬送義務違反)」として、国と東京都を提訴したのです。

時期・時間帯事件の事実関係(留置担当官等の対応とA氏の状況)
平成23年12月〜
平成29年2月頃
・ネパール国籍のA氏(当時39歳)が、在留資格「技能」で来日し調理師として勤務
・平成29年2月頃に勤務先のレストランを解雇され、その後は浮浪生活状態となっていた
平成29年3月13日〜
3月14日
(逮捕・留置)
・3月13日、通常逮捕されて留置施設へ入る(病院での結核検査は陰性)
・逮捕前から咳、嘔吐、下痢、腹痛等の体調不良を訴えており、3月14日の医師の診察でも発熱、下痢、腹痛が確認された
平成29年3月15日
朝〜午前7時頃
(保護室収容と
戒具の装着)
・A氏が制止に従わず居室から出ようとしたため、保護室へ収容。壁や鉄格子に頭や体を打ち付け出血したため、ベルト手錠・捕縄・新型捕縄の3種類の戒具で両手・腰・膝・足首を拘束した
・A氏が体を動かして戒具を外そうとしたため、4名がかりで押さえつけるなどして、合計4回にわたり戒具を強く締め直した
3月15日
午前7時05分頃〜
午前7時18分頃
(過度な締め直し)
・4名がかりでA氏を押さえつけ、腹部より上に上がった腰ベルトを正しい位置に戻して締め直し、両膝の捕縄も締め直した(7時5分頃)
・さらに巡査長らがA氏を押さえつけ、両膝の捕縄を再度締め直した(7時18分頃)
3月15日
午前9時頃〜
午前11時頃
(戒具解除と護送)
・検察官送致のため、約2時間拘束されていたベルト手錠と膝の捕縄を解除(足首の拘束は約4時間に及んだ)
・手錠を外した際、警部補が**「すごい手しているな、こいつ」**と述べるほど、手首から先が赤黒く膨脹し、手錠の接触部分に白い跡(虚血)が残っていた
3月15日
午前11時34分頃
(取調室での急死)
・東京地方検察庁に護送され、検取事務官の取調べを受けていた際、突如意識を失って心停止に陥り、死亡した
【高裁の結論】
令和7年11月19日
控訴審判決
・第一審(東京地裁)は東京都の責任をわずか「約100万円」しか認めなかったが、遺族及び東京都双方が控訴

法廷での激突! 原告 vs 東京都 vs 国 の主張対比表

国家賠償法に基づく損害賠償請求が法的に認められるには、①違法な権利侵害、②故意・過失、③損害の発生、④因果関係の4要件を証拠で証明する必要があります。

本件で原告(遺族)は、国賠法の4要件に沿い以下を主張しました。

  • 違法性:留置担当官がベルト手錠等を必要以上に強く締め、血液循環阻害防止義務に違反。
  • 過失:虚血のサインを見落とし過剰な拘束を継続。
  • 損害:急死による逸失利益や慰謝料等の損害が発生。
  • 因果関係:過度な緊縛の血流阻害で筋肉細胞が壊れ、流出したカリウムによる心停止(高カリウム血症)で死亡した。

この「密室の死」をめぐり、原告と被告は法廷でどのような主張をぶつけ合ったのか、争点を対比表で整理します。

争点(論点)原告(遺族側)の主張 一審被告:東京都(留置担当官)の主張 一審被告:国(検取事務官)の主張
1. 戒具の違法性
(血液循環阻害防止義務違反)
【必要以上に強く緊縛した!】
・4回も締め直して血液の循環を著しく妨げた
・手首の赤黒い腫れや、解剖での筋肉内出血から見ても、血流阻害(虚血)があったことは明らかだ
【締め付けによる血流阻害はない!】
・手が赤黒く見えたのは腫れ(浮腫)や「日焼け」の影響であり、血流が止まるほどの阻血状態ではない
(※留置施設の管理権限は東京都にあるため直接の争点外)
2. 死因との因果関係
(なぜ急死したのか?)
【緊縛による「高カリウム血症」だ!】
・過度な拘束で血流が止まり筋肉細胞が破壊された。拘束を解いたことで筋肉から多量の「カリウム」が血中に流れ出し、致死量に達して心停止した
【本人が暴れ続けたことが原因だ!】
・手首の筋肉は小さく、仮に破壊されても致死量のカリウムは出ない。本人が激しく動き続けた「激しい運動」で全身の筋肉が傷ついたのが原因だ
(同上)
3. 病院搬送義務違反
(救急搬送すべきだったか?)
【手の異常を見て病院へ送るべきだ!】
・手首が赤黒く膨張し白い跡が残る異常事態を見て、生命の危険を察知し直ちに病院へ搬送すべきだった
【生命の危険は予見不可能だった!】
・ただの「すり傷や若干の腫れ」と認識したに過ぎず、生命の危険があって直ちに病院へ運ぶ必要があるとは判断できない
【取調べ段階での過失はない】
・検取事務官も同様に、ただちに生命の危険を予見して救急搬送すべき義務を負っていたとはいえない。
4. 国賠法6条
(外国人への「相互保証」と賠償制限)
【制限なく日本の基準で賠償せよ!】
・国賠法6条は「適用できるか」の要件にすぎず、賠償額の上限を制限する規定ではない。遺族に約6,180万円を支払え
【ネパールの低い基準に制限せよ!】
・ネパールの法律(ヤータナ賠償法)の上限は約100万ルピー等と著しく低い。相互保証(衡平の理念)の観点から、日本でも同程度の低額に制限すべきだ
【そもそも相互保証が存在しない!】
・ネパールには日本の国賠法のような公務員の過失で国が賠償する制度がなく、相互保証すらないため適用不可だ

裁判官自らが体感した「検証実験」と死の医学的ロジック!

高裁は、検察側(国)の責任は退けつつも、「東京都(留置担当官)には血液循環阻害防止義務違反があり、それがA氏を死に至らしめた」と明確に認定しました。その最大の決め手となったのが、実務上極めて異例の「裁判官によるベルト手錠の検証実験」と、緻密な医学的解明でした

💡 決定打となった「裁判官の検証実験」とは?

ベルト手錠の腰ベルトには、長さを調節する「11個の穴」が開いています。留置担当官らは「適正な隙間を空けて装着した」と証言しましたが、高裁はこの証言の信用性を覆すため、なんと裁判官自らがA氏と同サイズのベルト手錠を装着する検証実験を実施したのです!

  • 検証の結果: A氏よりやや細身の体型である裁判官にベルト手錠を装着し、「外側から6つ目の穴」まで締めたところ、裁判官は「痛みを訴えた」のです!
  • A氏の締め付け具合: 一方、A氏がベルト手錠を外された直前の穴の位置は、さらにキツい「外側から7つ目の穴」まで締められていました!

高裁は、*「やや細身の裁判官でも6つ目で痛がるのに、なぜ7つ目まで締め直す必要があったのか? 隙間を確認したという警察官の証言は信用できない」と断定。4名がかりで必要以上に強く締め直した行為を違法な*「血液循環阻害防止義務違反」と認定しました

🧬 医学的死因:「高カリウム血症」による心停止

さらに、裁判所は「本人が暴れたせいだ」「日焼けだ」という東京都の反論を排斥し、以下の死のメカニズムを事実認定しました

  1. 虚血と筋挫滅: 2時間〜4時間に及ぶ過度な緊縛により、手首のみならず腹部や膝、足首の筋肉への血流が阻害され、筋肉組織が細胞レベルで破壊された(※解剖でも筋肉内出血や高度の貧血調を所見として確認)。
  2. カリウムの血中流出: 壊れた筋肉細胞から多量の「カリウム」が溶け出し、午前9時に手錠が外されたことで、そのカリウムが一気に血液中に流れ出した。
  3. 心停止: 血液中のカリウム濃度が致死量に達し、不整脈を引き起こして午前11時34分に心停止に至った。

なぜ賠償額が100万円から「3,940万円」に跳ね上がったのか?

本件で最も法律家を唸らせたのが、「外国人の損害賠償額」をめぐる判断です。 第一審(東京地裁)が「約100万円」しか認めなかったのに対し、高裁はなぜ「約3,940万円(約39倍)」もの巨額賠償を認めたのでしょうか?

🔑 争点:国家賠償法6条(相互の保証)の解釈

国家賠償法6条には、*「この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する」というルールがあります。 東京都側は、「仮にネパールに相互保証があるとしても、向こうの法律は賠償上限が約100万ルピー(約100万円強)と極めて低い。だから日本で起きた事件でも、『相互保証の衡平の理念』に基づいて日本の賠償額も同水準(100万円程度)に制限すべきだ!」*と主張しました(※第一審は事実上この理論に影響されたと考えられます)

しかし、高裁判決はこの「賠償額の制限論」を真っ向から否定しました!

  • 高裁の判断: 国賠法6条は、日本の国家賠償法を適用するかどうかの「要件」を定めたものに過ぎず、適用された後に「賠償額を割引したり上限を設けたりする効果はない」!
  • ネパールの最高裁判所でも警察の暴力に対する救済や賠償命令の実績があるため「相互保証」は成立する。一度適用が認められれば、後は全て「日本の法律と基準」で損害計算をしなければならないと判示したのです!

🧮 高裁が認めた「約3,940万円」の緻密な損害計算式

高裁は、日本の賃金センサス(平均賃金)を用いて、A氏の失われた将来収入(逸失利益)と慰謝料を以下のように厳密に計算しました

損害項目裁判所が認容した金額 PDF計算のロジック・実務上のポイント PDF
① 日本での逸失利益
(死亡後3年間)
1,047万3,454円・A氏の在留資格は1年更新だったが、これまで更新を重ねてきた実績を重視
・少なくとも死亡後3年間は日本国内で就労し、日本人男性の平均賃金(年額約549万円)を得られたはずだとして計算
② ネパール帰国後の
逸失利益(67歳まで)
335万6,244円・3年後(42歳以降)はネパールに帰国し、就労上限の67歳までの25年間は、ネパールの一人当たりGDPと同水準の収入を得られたはずだとして計算
③ 死亡慰謝料
(本人+遺族固有)
合計 2,200万円
(本人2,000万円+妻200万円)
・一家の支柱であったこと、警察官の違法な緊縛による急死であること等の一切の事情を考慮した、日本の死亡訴訟におけるフルスペックの慰謝料
④ 弁護士費用360万円・上記合計額(約3,583万円)の約1割相当額を、違法行為と因果関係のある損害として認容
【合計認容額】3,942万9,698円
(+年5%の遅延損害金)
(※平成29年の事件のため、法改正前の旧民法の年5%の利息がプラスされます。約8年分の利息だけで1,500万円以上が上乗せされます!)

【実務コラム】この高裁判決が実務に与える影響

弁護士の視点から見ると、今回の判決は単なる「増額判決」にとどまらない、日本の司法・警察実務を揺るがす極めて重要な意義を持っています。

① 「留置現場の戒具使用」に対する強力な警鐘と規範

実務上、警察署の留置施設内で被留置者が暴れた場合、留置担当官が力づくで戒具を使うことは日常的に行われています。しかし、現場では「暴れる相手には徹底的にきつく締める」という運用が常態化しがちでした。 本判決が、裁判官自らの検証実験まで行って「締め付けの穴の位置(6つ目か7つ目か)」にまで踏み込み、過度な拘束を違法な不法行為(不当な人権侵害)と断じたことは、今後の全国の警察・留置施設の身体拘束のあり方に極めて厳しい制約と見直しを迫ることになります

② 「外国人被害者の賠償額割引論」の終止符へ

近年、日本国内で外国人が被害に遭う労働事故や交通事故、事件が急増しています。その際、加害者側(企業や行政)から「母国の物価や賠償上限が低いのだから、日本の高い基準で払う必要はない」という主張が頻出していました。 本判決は、「日本で起きた違法行為である以上、国賠法6条を理由に賠償額を割引・制限することは許されない」という法解釈を最高裁の判例趣旨を踏まえて高裁レベルで明確に打ち立てました。外国人労働者やその家族の人権・財産権を守る実務上、決定的な意味を持つリーディングケースとなります。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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