【インサイダー取引】利益2900万円でも6100万円が追徴された法のロジック

ホワイトカラー犯罪×裁判

今回は、ホワイトカラー犯罪の代表格である「インサイダー取引」に関する衝撃的な裁判例(東京地方裁判所 令和7年7月4日判決)を取り上げます。

銀行のエリート幹部が、職務上知った「絶対儲かる情報」を悪用して約2900万円の利益を荒稼ぎしました。しかし、裁判所が下したペナルティは、その利益をはるかに超える「約6100万円の没収(追徴)」という強烈なものでした

なぜ、儲けた額の倍以上の金額を奪われるのか? 裁判所の容赦ないロジックを科学的に解説します。

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事件名金融商品取引法違反(インサイダー取引)被告事件
裁判所東京地方裁判所刑事第7部
裁判年月日令和7年7月4日
求刑懲役2年及び罰金200万円、6143万790円追徴
結果執行猶予

1. 事件の全容

事実関係(誰が何をしたのか)

まずは、本事件の事実関係を整理します。

項目本事件の事実関係
被告人の立場A銀行の証券代行営業第二部の次長・部長。上場企業の重要情報の管理を担うエリート行員
犯罪事実の概要顧客企業3社(B社、G社、K社)に対する「株式公開買付け(TOB)」の決定を公表前に職務上知り、自分名義で各社の株を事前に買い漁った
株の購入額と利益株券合計2万5900株を約3210万円で購入。その後の株価上昇により、**約2932万7570円の利益(売買差益)**を得た
犯行の動機「老後資金を貯蓄したかった」という身勝手なもの
判決結果懲役2年(執行猶予4年)、罰金200万円、さらに6143万790円の追徴(没収)

インサイダー取引とは?

インサイダー取引とは、上場会社の関係者(役員、従業員など)や情報伝達を受けた者が、株価に重大な影響を与える「未公開の重要事実(TOBの決定など)」を知りながら、情報が公表される前にその会社の株を売買する犯罪です

なぜ厳しく罰せられるのか? 一言で言えば「圧倒的にズルいから」です。情報を知る一部の人間だけが確実に勝てる取引を許せば、一般投資家の信頼を失わせ、金融商品市場の公正性や健全性が根本から損なわれてしまうからです

強烈なペナルティ(金融商品取引法違反) 懲役や罰金が科されることに加え、最大の恐怖は「売却利益だけでなく株の売買代金(元本含む)の全額が没収・追徴される」という点です。これは、不正な財産を残らず剥奪することで金融市場への再投資を防ぎ、この犯罪が「経済的に全く割に合わない」ことを知らしめるための極めて厳しいルールです。

【図解】どこからがインサイダー取引?

シチュエーションインサイダー取引に【あたる】(違法・アウト)インサイダー取引に【当たらない】(適法・セーフ)
自社の情報を知った時会議で「自社がTOBされる(または他社を買収する)」と知り、公式発表の前に自社や相手企業の株を慌てて買った。日本経済新聞や企業の公式ウェブサイトでTOBのニュースが報道・公表された直後に株を買った。
家族や知人との会話役員である夫から「うちの会社、来週とんでもない赤字を発表するんだ」と聞き、妻が発表前に株を全て売却した(情報受領者もアウト)。居酒屋で「最近あの業界、調子いいらしいよ」という単なる噂話や個人的な予想を聞いて株を買った。
取引先・業務提携先共同開発の打ち合わせで、取引先が「画期的な新薬」の特許を取ることを知り、発表前にその取引先の株を買った。証券アナリストが公開している「この企業の業績は伸びる」という一般的なレポートを読んで株を買った。
自社株の定期的な購入自社の業績の上方修正を事前に知り、慌てて個人の証券口座で自社株を「単発で」大量に買い増した。会社の従業員持株会を通じて、毎月一定額の自社株を「定期的・自動的」に買い続けている(適用除外)。

なぜバレる?インサイダー取引の恐るべき監視網と捜査手法

インサイダー取引が摘発される理由は、「市場の全取引が常に監視され、デジタルデータとして残っているから」です。

  • 異常値の即時検知:証券取引所や証券取引等監視委員会(SESC)は、TOBなどの重大ニュース発表直前に起きた「不自然な株の売買や取引量の急増」をシステムで自動検知します。
  • 徹底した人脈の洗い出し:怪しい取引をした口座を特定し、その名義人の勤務先、親族、交友関係を徹底調査します。友人や知人名義の口座を使っても、会社関係者(インサイダー)との接点が調査されます。
  • デジタル・フォレンジック:疑いがかかればスマホやパソコンが押収されます。削除したLINEの履歴や通話記録も復元・解析され、「いつ・誰が・誰に情報を漏らしたか」という動かぬ証拠が突き付けられるのです。

【不自然な取引の基準】 監視システムが異常値とする基準は、普段その銘柄を取引しない人が、重要事実の公表直前に、信用取引等の借入まで用いて限界まで一点集中で買い付けることや、過去の平均取引高を極端に超える規模での売買です。

【主張の対立】検察官と弁護人の主張

争点(テーマ)検察官の主張(求刑)弁護人の主張(減額の要求)
① 犯罪事実の認否被告人は職務を悪用し、公表前にインサイダー取引を行った犯罪事実については認める(自首し、反省している)
② 追徴金(没収)の対象犯罪行為によって得た「株の売付代金の全額」である約6143万円を追徴すべき没収の目的は犯罪抑止であり、対象は「犯罪で得た利益」に限るべき。よって売買差益の約2932万円にとどめるべき
③ ペナルティの重さ(法解釈)(※裁判所の判断として)不正財産は全て没収されるのが原則であり、取得費用は考慮しない罰金に加えて利益以上の額を追徴するのは、「二重の罰金」を科すことに等しく不当である
④ 信用取引の扱い株の購入原資が借入金であっても、売付代金の全額が没収・追徴の対象となる信用取引では買付代金等が自動控除されるため、売付代金の「全額」を得るわけではない。それを対象とするのは文言上無理がある
⑤ 被告人の事情(過酷さ)特段の事情(過酷な結果をもたらす例外)には当たらない被告人は会社を懲戒解雇され、退職金も失っている。売付代金全額の没収はあまりにも過酷であり、法律の例外規定を用いて減額すべき

裁判所のジャッジメント

インサイダー取引の代償:なぜ「6143万円」も没収されたのか?

この裁判における最大の争点は、「いくら没収されるのか(追徴金の計算方法)」でした。

被告人の弁護側は、「インサイダー取引で儲けた利益(売買差益)は約2932万円なのだから、没収されるのもその利益分だけにすべきだ」と必死に主張しました。 また、株を信用取引で買っていたため、「手元に残らない売付代金の全額を没収するのは二重の罰金であり、会社を懲戒解雇され退職金も失った被告人には過酷すぎる」と訴えました

確かに、手元に残った純利益は約2900万円なのに、6100万円も支払えと言われるのは酷に思えるかもしれません。しかし、裁判所はこの主張を完全に一蹴しました。

【裁判所の冷酷かつ合理的なロジック】

  • 法律上、没収・追徴の対象は「犯罪で得た『利益』」ではなく、「犯罪によって取得した『財産』の全額(株の売却代金)」である。
  • このルールの目的は、不正に得た財産を根こそぎ剥奪し、再投資を防ぐことにある。株を取得するために要した借入金などの費用を差し引いてあげる必要はない。
  • 本件の売買規模等を踏まえれば、全額を没収することが「過酷すぎる」特段の事情(例外)には当たらない。

結果として、株の購入額と利益を足した売却代金の全額である「6143万790円」を国に支払うよう命じられました

3. 量刑の科学とまとめ

被告人は自首をして罪を認め、前科もなかったため刑務所行き(実刑)は免れましたが、「罰金200万円」と「約6143万円の追徴」という強烈な金銭的鉄槌が下されました

インサイダー取引は、発覚すれば職を失うだけでなく、「投資した元本」ごと国に没収され、逆に多額の借金を背負うことになる極めてリスクの高い犯罪です。裁判所は「この種犯罪が経済的に割に合わないことを示すため」と、明確に見せしめの意図を判決文に込めています

【実務コラム】

誰でもインサイダーになります!

上場企業の役員や正社員だけでなく、契約社員やアルバイトも「会社関係者」として規制されます。
さらに恐ろしいのは、彼らから未公開の重要事実を直接聞いた「情報受領者(家族、友人、飲み仲間など)」も処罰の対象となる点です。
「自分は上場企業に勤めていないから無関係」という方でも、知人からのポロリ話を信じて株を買えば、立派な犯罪者になる危険が潜んでいます。

インサイダー取引を疑われないための3ヶ条

  • 「従業員持株会」を活用する:自社株を買う場合、個人のタイミングで買い付けるのではなく、毎月定額を自動で買い続ける「持株会」を利用しましょう。一定の要件を満たす持株会を通じた買付けは、インサイダー取引の規制対象外となります。
  • 社内の「売買可能期間」を厳守する:決算発表の直後など、会社側が指定する「重要情報がすべて公表された直後の安全な期間(オープン期間)」にのみ取引を行い、疑われる余地を自らなくすことが重要です。
  • 家族や友人にも絶対に話さない:自身で株を買わなくても、飲み会や家族への愚痴で未公開の重要情報を漏らし、その相手が株を買えば「情報伝達罪」などに問われる危険があります。情報の取り扱いは公私ともに厳格にすべきです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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