【弁護士解説】生徒に対する「羽交い締め」が違法性阻却!小学校教諭に無罪判決が下されたロジック

無罪×裁判

広島県福山市の小学校で、男性教諭が暴れる小学6年生の男子児童を「羽交い締め」にして制止した行為が暴行罪に問われた裁判で、裁判所は「無罪」を言い渡しました。

教員が児童に対して物理的な力(有形力)を行使することは、原則として厳しく制限されています。客観的に見れば「暴行」に当たる行為が、なぜ今回は「正当行為(無罪)」と判断されたのでしょうか。

事件名小学校教諭による児童への羽交い締め暴行事件
裁判所広島地方裁判所 福山支部
裁判年月日令和7年7月11日
求刑罰金20万円
判決被告人は無罪。

事件の概要と当事者

項目詳細
発生日時令和6年(2024年)5月10日 午後1時頃
発生場所広島県内の市立小学校(グラウンドからプール付近の倉庫)
被告人36歳の男性教諭(生徒指導主事等担当、身長172cm・体重63kg)
対象児童11歳の小学6年生男子(身長132cm・体重31kg)
問題となった行為児童の背後から両脇の下に腕を通し、後頭部で両手を組んで締め付ける「羽交い締め」を2〜3分間行った

事件の経緯:なぜ「羽交い締め」に至ったのか?

事件に至るまでには、児童の度重なる問題行動と、教諭による指導の経緯がありました。

  • 本件児童は小学3年生の頃から、壁を叩く、授業を妨害する、校舎を徘徊するなどの問題行動が見られ、被告人も対応に当たっていました。
  • 事件当日、被告人は児童が上履きのままグラウンドで体育館のボールを蹴っているのを発見し、「やめましょう。何を反省したの。」と声を掛けました。
  • 児童が笑いながら立ち去ろうとしたため、被告人は追いかけて腕をつかみ指導しようとしましたが、児童は腕を振りほどこうとし、被告人を足で蹴りました。
  • 児童がさらに膝蹴りやパンチ、頭突き、かかとでスネを蹴るなどの激しい抵抗を続けたため、被告人は背後に回り込み、児童の両腕を封じる形で「羽交い締め」の体勢をとりました。
  • 被告人は「暴れるのをやめたら放すよ」「話をしよう」と声を掛け続け、2〜3分後に児童が落ち着いて「放して」と言ったため、すぐに手を放しました。

教諭の「羽交い締め」事件:検察と弁護側の主張の対立

争点(法廷での議論の的)検察側の主張(有罪・罰金刑!)弁護側の主張(これは無罪!)
1. 行為の法的な評価
(犯罪に当たるか)
【暴行罪が成立する】
児童の背後から両腕を回して拘束する行為は、不法な有形力の行使であり、明らかに暴行罪に当たる。
【暴行の形だが、違法ではない(無罪)】
行為自体が暴行の要件に該当することは争わない。しかし、自己の身体を防衛するための「正当防衛」であり、かつ学校教育法上の懲戒権の行使としての「正当行為」に当たるため、違法性が阻却されて無罪である。
2. 力の程度と体格差
(やりすぎではないか)
【体格差から見て過剰な力である】
大人(教諭)と子ども(児童)の体格差に照らしても、指導という目的に比して過度な有形力の行使(やりすぎ)であることは明らかである。
【身を守り、制止するためやむを得ない】
児童から蹴られたり、膝蹴りや殴るなどの攻撃を受けたりしたため、自己の身体を防衛するためにやむを得ずに行った行為である。
3. 別の対処法の有無
(羽交い締めは必要か)
【別の穏当な方法で十分だった】
児童の背後に回って両腕で押さえ込む行為までは許容される余地はあるが、羽交い締めにまで及ぶ必要はなく、その状態(押さえ込み)を継続すれば足りたはずである。
【激しい抵抗を抑えるための結果である】
腕を振りほどこうとしたり、頭突きやすねを蹴るなどの抵抗が続いたため、その動きに合わせて最終的に羽交い締めの体勢になったものである。
4. 結果の重大性
(児童へのダメージ)
【重度の痛みを与えた】
児童は重度の痛みを伴う暴行を受けた。また、その痛みは羽交い締めから解放された後の数日間にわたって継続していた。
【指導の範囲内であり傷害ではない】
問題行動を反省させるためにその場にとどめようとした事実行為(指導)であり、肉体的苦痛を与えるための体罰ではない。落ち着いた後すぐに解放しており、制止以上の力は加えていない。

構成要件と違法性阻却について

原則として、構成要件(犯罪を構成する要件)に該当すれば犯罪は成立しますが、違法性阻却事由(正当防衛・正当行為・緊急避難など)の要件を充足すれば、犯罪は成立しません。

  • 刑法208条(暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。)
  • 上記の暴行罪の要件は、①暴行を加えたこと、②傷害結果が生じていないことが構成要件になります。
  • 構成要件に該当した場合、次に違法性阻却事由の有無について判断されることになります。

二段階で判定する理由
犯罪を二段階で判断する最大の理由は、「ルールの明確化」と「柔軟な現実対応」を両立させるためです。
①まず「何が犯罪か(構成要件)」を法律で明確に定めておくことで、国家の権力乱用を防ぎ国民の自由を守ります。しかし、あらゆる例外的な状況をすべてあらかじめ法律に書き込むことは不可能です。
②そこで、原則としてアウトな行為でも「今回は正当防衛だから例外的に許そう(違法性阻却)」という2つ目のフィルターを用意し、柔軟で妥当な結論を導いているのです。
③階層的に判定基準を設けることで、裁判所による恣意的な運用を可能な限り回避することも期待できます。

1. 暴行罪の成立(構成要件該当性)

刑法における「暴行」とは、「人に対する不法な有形力の行使」を指します。 殴る・蹴るはもちろん、胸ぐらをつかむ、羽交い締めにする、相手に向けて物を投げる(当たらなくても)、さらには耳元で大声を出すといった行為も含まれます。相手がケガをしていなければ、これらの行為をした時点でいったん「暴行罪が成立する条件(構成要件)」を満たします(ケガをすれば傷害罪になります)。

2. 違法性の阻却(例外的に許される事情)

行為自体は暴行の条件を満たしていても、「法律上、例外的に悪いこと(違法)とは言えない事情」があれば無罪になります。これを「違法性の阻却」と呼びます。 代表的なものは以下の通りです。

  • 正当防衛:突然刃物で襲い掛かってきた暴漢から身を守るために相手を突き飛ばす行為。
  • 正当行為:ボクシングやプロレスの試合での殴り合い、医師による手術(傷害にあたる行為)、または今回の事件のように教員が児童の危険や逃走を防ぐために行う「必要最小限で正当な制止行為」。

つまり、裁判における無罪判決の多くは「やっていない(事実誤認)」ですが、違法性阻却の場合は「確かに暴行の要件に当てはまる行動はしたが、正当な理由があったため例外的に罪には問わない(無罪)」というメカニズムになるのです。

【違法性阻却事由があれば犯罪にならない理由】犯罪が成立するには、行為が「構成要件(法律の条件)」に当てはまるだけでなく、それが実質的に「違法(悪いこと)」でなければなりません。
違法性阻却事由(正当防衛や正当行為など)によって犯罪が成立しない最大の理由は、「外形的には犯罪に見えても、法秩序全体から見れば正当化されるから」です
自分の身を守るなど、社会的に正当な目的でより大きな利益(法益)を守った場合、その行為の法的な「悪性」が否定され(非難できない)、例外的に無罪として扱われるのです。

裁判所の判断:暴行罪の成立と違法性の阻却

検察側は罰金20万円を求刑しましたが、裁判所は最終的に無罪を言い渡しました。その論理構成は以下の通りです。

1. 行為自体は「暴行」に該当する

裁判所はまず、背後から腕を回して拘束する「羽交い締め」という行為自体は、刑法上の「暴行」の要件を満たしていると認定しました。また、弁護側が主張した「正当防衛」については、児童の抵抗がそもそも教諭が腕をつかんだことに起因しているため、典型的な正当防衛には当たらないと退けました。

2. 学校教育法に基づく「正当行為」として無罪

暴行に該当するものの、裁判所はこれが学校教育法第11条に基づく「教員の懲戒権の行使」として許容される範囲内であり、刑法第35条の「正当行為」に当たる(違法性が阻却される=犯罪にはならない)と判断しました。

その主な理由は以下の4点です。

  • 目的の正当性: 罰として肉体的な苦痛を与えるため(体罰)ではなく、逃げようとする児童をその場にとどめ、口頭で指導を行うための制止行為でした。
  • 態様の相当性: 児童が抵抗をやめた時点で直ちに拘束を解いており、終始抑制的な対応でした。
  • 時間の短さ: 拘束時間は2〜3分程度であり、過度に長時間ではありませんでした。
  • 結果の軽微さ: 怪我はなく、児童が感じた痛みも主に本人が暴れたことによるものであり、羽交い締めそのものが直接の原因とは言えません。

検察の「過剰な力」という主張への反論

検察側は、「大人と子どもの体格差を考えれば過度な有形力の行使であり、背後から押さえ込むだけで十分だったはずだ」と主張しました。

しかし裁判所は、これを「事後的な見方」であるとして退けました。あの状況下において、教諭がその場で物理的に制止しなければ、児童は指導を聞かずに立ち去る可能性が高く、速やかな指導が困難になっていたと指摘しています。

教育現場では、言葉による指導が通じず、自他への危険や逃走を防ぐために、やむを得ず児童生徒の身体を拘束しなければならない瞬間があります。本判決は、教員が有形力を行使することは極力避けるべきとクギを刺しつつも、目的が正当であり、必要最小限の制止行為であれば、体罰(犯罪)には当たらないという法的な基準を明確に示した事例と言えます。

刑法第35条「正当行為」が認められる具体的なケース

カテゴリー具体的な行為の例本来なら何罪になり得るかなぜ正当行為として許されるのか(違法性阻却の理由)
1. 法令による行為
(法律で権限が与えられているもの)
① 警察官による逮捕
逃走する犯人を力ずくで取り押さえ、手錠をかけて連行する。
暴行罪・逮捕監禁罪刑事訴訟法などの法律に基づき、社会の治安を守るための正当な職務執行(公権力の行使)であるため。
② 一般市民による現行犯逮捕
目の前でひったくりをした犯人を、一般人が取り押さえて逃げられないようにする。
暴行罪・逮捕監禁罪刑事訴訟法第213条において「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と法律で明記されているため。
③ 教員による児童への懲戒
(※前回の判例のケース)
暴れる児童を制止するために羽交い締めにする。
暴行罪学校教育法第11条に基づく「懲戒権の行使」であり、教育上必要な制止行為として社会通念上相当な範囲内であったため。
2. 正当な業務による行為
(社会生活上、正当と認められる仕事)
④ 医師による外科手術
患者の腹部をメスで切り裂き、内臓を摘出する。
傷害罪医師法に基づく正当な医療業務であり、患者の生命や健康を回復させるという社会的・医学的に正当な目的があるため。
⑤ 格闘技(ボクシング等)の試合
相手の顔面を全力で殴り、脳震盪を起こさせてダウンさせる。
暴行罪・傷害罪スポーツの公式なルールの範囲内で行われる競技であり、社会的に「正当な業務(活動)」として容認されているため。
⑥ 消防士による破壊活動
火災現場で、延焼を防ぐために隣の家の窓ガラスやドアを破壊する。
器物損壊罪・住居侵入罪消防法に基づく消火・人命救助活動であり、より大きな被害を防ぐための不可欠な業務であるため。
💡 刑事裁判のプロの視点:限界を超えれば「犯罪」になる

これらの行為は、あくまで「正当な目的と、必要最小限のルール(相当性)」を守っているからこそ無罪になります。

例えば、警察官であっても無抵抗な犯人を必要以上に殴れば「特別公務員暴行陵虐罪」になりますし、ボクシングの試合中であっても、ゴングが鳴った後や凶器を使って相手を攻撃すれば、正当行為の枠を外れて「傷害罪」として逮捕される可能性があります。正当行為という「無敵のバリア」は、社会のルールを逸脱した瞬間に消え去ってしまうのです。

監修/執筆
弁護士町田北斗

弁護士 町田北斗(東京弁護士会所属):YouTubeチャンネル「刑事裁判を科学する」運営
日々法廷に立つ現役の弁護士。法律の専門家としての知見を活かし、難解な刑事手続きや民事との違い、裁判官の思考回路などを一般向けに分かりやすく解説する「教養エンタメ」コンテンツを発信中。読者・視聴者の知的好奇心を刺激し、法学の面白さを広めることをライフワークとしている。

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